6話 だるまさんが転んだ
「私の「だるまさんが転んだ」を教えよう」
紅ン暴からそう言われた私はよく分からないまま、紅ン暴と一緒に家の中庭へと移動した。
「丁度いい木があるな。では私が鬼をやろう」
「私は紅ン暴さんに近付けばいいんですね」
「そうだ、では早速始めるぞ」
そう言うと紅ン暴は木に顔を向けた。
「だ・る・ま・さ・ん・が・こ・ろ・ん……」
紅ン暴が台詞を言い終える前に出来るだけ前へと進み、相手が全て言い終える前に停止する。
「だ」
紅ン暴が台詞を言い終えてこちらを振り向いた瞬間、周囲の空気がピンと張り詰めたような感覚と共に、全身にゾワッと嫌な予感が走った。
(な、何かよく分からない……けど……)
今、動いたらヤバい。
よく分からないが、今この瞬間、紅ン暴の前で動いたら大変な事になる。私は感覚で危険を察知し、とにかく指一本たりとも動かさないよう全身に神経を集中させた。
「……よし、これでいいだろう。これが私の「だるまさんが転んだ」だ。夢居、見事だった」
「あ、ありがとうございます……」
暫くして空気が緩み、紅ン暴の労いの言葉を聞いてようやく辺りを渦巻く緊張が解けた。ここで私は身体の力を抜いた。
「あの、今のは一体……」
「あれが私の「だるまさんが転んだ」だ。相手に背を向け「だるまさんがころんだ」と宣言し、振り返る。そして振り返った先にいる相手が少しでも動いたら……相手はだるまさんになる」
「え……ええっ!?」
「私の力ならどんな相手も本物のだるまさんにする事くらいは出来る」
「ま、待ってください!ま、まさかさっきのは……!」
「勿論全力だ。もし夢居があの場で動いていたら、一生だるまさんとして過ごす事になっていただろうな」
「えぇ……」
なんて恐ろしい能力なのだろう。と言うより、そんな遊び感覚で恐ろしい事をしようとしていた紅ン暴に恐怖を感じた。
「この技を初心者が使用しても相手の動きを止める程度の力しかないだろうが、それでも逃走する際にすこぶる効果を発揮するだろう。さて、無事にこの技を耐えた夢居にもこの技を教えよう。こっちに来なさい」
「は、はい……」
こうして、紅ン暴による「だるまさんが転んだ」の指導が始まった。
「この技を使う際、敵に背を向けたまま立ち止まる勇気が必要なのはまず間違い無い。後は相手に何を言われても揺るがない心……『我』を強く持つ事が何よりも大事だ」
「はい」
「そして敵に背を向け、「だるまさんが転んだ」と言う。その間に「転んだらだるまさん」と心に強く念じ、最後に相手をひと睨み。その際に「逃してたまるか」と強く念じるのが1番大事だ」
「はい」
私はとにかく真面目に紅ン暴の指導を受けた。だるまさんが転んだを何度も何度も繰り返し本気で練習した。背後にいる紅ン暴が怖かったが、教え通りに勇気を出してしっかり背を向けた。
そして……
「だ・る・ま・さ・ん・が・こ・ろ・ん・だ!」
「むっ!?これは……!?」
本気で練習すること数時間後、ついに背後にいる紅ン暴がその場にピタリと停止した。
「間違いない、これは私の「だるまさんが転んだ」だ。夢居、短時間でこの技を理解出来たようだな」
「本当ですか!?良かった……!」
「動いた相手を止めるくらいの力だが、それでも十分使えるだろう。よくやった」
「ありがとうございます!」
「うむ。練習を怠らなければ更に力は増すだろう、何よりも大事な事は「我を強く持つ事」だ。分かったな?」
「はい!紅ン暴さん、ありがとうございました!」
「いい返事だ!」
こうして私は本気の「だるまさんが転んだ」を習得した……本気のだるまさんが転んだって何?
「終わった?」
「待たせてすまなかった。だが、夢居は私の見込み通りに技を理解したぞ」
「いいじゃん、これなら更に仕事しやすくなるね。じゃ、改めて学校の詳しい話でもしよっか」
「分かった」
手に汗握る修行の後、改めて依頼の話をする為に家に上がった。紅ン暴から学校にいる妙な者共の詳しい話を聞き、簡単に質問をした後、その場で一旦解散。
そして夜……
「さて、そろそろ紅ン暴さんのいる学校に行こっか」
「分かりました」
ついに相談屋の初仕事。話の内容からして明らかに危険な依頼だし、夜に無断で学校に侵入するのも気が引けたが、カゲリの居ない冥界に1人で残る方が遥かに危険な気がしたので結局仕事について行く事に決めた。
「無事に帰って来れますように……」
私は紅ン暴から教わった「だるまさんが転んだ」を引っ提げて、カゲリと一緒に紅ン暴が待つ夜の学校へと向かったのだった。