4話 初めての冥界
全速力で家に戻った後、急いで動きやすい私服に着替えてから自分の荷物を纏めた。スポーツバッグとリュックに荷物を全て詰め込んだら直ぐに家を出た。
大荷物を抱えたまま再び森の中に入り、川に向かって全速力で走る。
(あの川、まだあるかな……)
元の普通の川に戻ってない事を祈りながら川に到着した。
目の前の川は広くて浅く、周囲は異様に暗かった。
「良かった……!」
「おかえりー」
川の向こう岸にはカゲリの姿があった。無表情のまま私に向かって両手をブンブン振っている。
「カゲリさん!」
私はスニーカーを履いたまま急いで川を渡り、カゲリの元へと移動した。
「お待たせしました!これからお世話になります!」
川を渡り終えた私はカゲリに向かって深々と頭を下げた。
「躊躇なく来たね。シラちゃんだいぶ度胸あると思うよ」
「そうですかね……?私はアイツから逃げる為に此処に来てるから、どちらかと言うと臆病だと思うんですけど……」
正直言うと冥界が怖くない訳では無い。だが、冥界に行く以外の選択肢が今の所無いから来ていると言った感じだ。
「……ま、いいや。立ち話もあれだし家行こっか」
「はい!」
私は歩き始めたカゲリの後を追いかけて一緒に一本道を歩き始めた。
道の端には植物が生い茂り、時折道を照らす街灯、電話ボックス、途中から砂利道から古いコンクリートの道に変わる。
景色から漂うノスタルジーに私は何度か思わず足を止めそうになったが、カゲリを見失う可能性を考えた私はとにかく景色よりもカゲリを優先した。
やがて田舎道から古い住宅街に入った。真っ暗なのに周りの家の中には明かりが灯ってる様子は一切無く、人の気配も一切感じられなかった。
正月によく行った親戚の家の周りと風景が似ていて懐かしく感じたのだが、よく見ると何処か不自然な点も多く、上手く言えない不安のようなものが私の脳内をうごめく。
「とうちゃーく」
数分間歩き続け、やがて木製の大きな家の前で停止した。
「立派な家ですね……」
周囲は木製の塀に囲まれ、そこそこ広い中庭付き二階建て。中々良い家だ。
「でしょ。此処、わたしの職場も兼ねてるんだ」
「職場って事は、カゲリさんお仕事してるんですね……立派ですね!」
「えへへ〜」
カゲリは無表情のまま自身の後頭部を撫でている。これは照れてるのだろうか。
「さ、入って入って」
「お邪魔します」
カゲリがガラガラと玄関を開け、私を家内に迎え入れた。家の中は親戚の家のような、何処か懐かしい匂いが漂っていた。
「はい、此処がシラちゃんの部屋」
玄関を上がって真っ先に私の部屋に案内された。結構広い一室に古い家具が幾つか置かれている。埃っぽい所は一切無い、とても綺麗な部屋だ。
「掃除は済んでるよ、机と椅子とベッドは自由に使ってくれていいからね」
「ベッドまで……!ありがとうございます!」
私は改めてカゲリに頭を下げた。花瓶から助けただけで此処までしてくれるのは少し気が引けるが、それでも今は本当に有り難かった。
「とりあえず荷解きは後にして、一旦居間に行こっか。これからの事を軽く話し合いたいし」
「それもそうですね」
私は部屋に荷物を置くと、カゲリと一緒に暗い廊下を歩いて居間へと移動する。こんなに真っ暗なのに、それでも周りの様子が全て分かるのは何故なのだろう。冥界の特徴の1つなのだろうか。
なんて考えている間に居間に到着した。カゲリは居間の電気を付け、ちゃぶ台の前に敷いた座布団に座るよう促した。私は座布団に大人しく座った。
「さてと……シラちゃんはとりあえずは此処に住むって決めたけど、仕事はどうする?やるとしたら何かリクエストとかある?」
「今後の事を考えて絶対に仕事はやるつもりです。で、仕事のリクエスト……ですか?強いて言うなら危険が無くて休みがしっかり取れる場所……ですかね」
「ふんふん、それならわたしの職場で働くといいよ」
私のリクエストに対して間髪入れずに自分の職場を勧めて来た。
「わたしの駄菓子屋さんと相談屋さんのお仕事を少し手伝ってもらいたいんだよね」
「駄菓子屋さんと……相談屋さん?」
「うん。相談屋さんは怪奇現象とかそんな感じの悩みを解決する所だよ。駄菓子屋さんは店番を、相談屋さんは受付や仕事を手伝って欲しいんだよね」
「成る程……」
「いやぁ、1人じゃ人手が足りなくて本当に困ってた所で……」
「そうだったんですね……所でカゲリさん」
「ん?」
「カゲリさんもしかして……私に泊まり込みで仕事を勧めたのって、カゲリさんの仕事を私に手伝わせる為だったりします?」
「…………てへ」
どうやら図星だったらしい。
「でもね、シラちゃんに恩返ししたかったのは本当だよ。人手不足で困ってた時に偶然ピンチになってたシラちゃんを見つけて……で、シラちゃんが他に行く場所無さそうだったから、これは花瓶の恩返しをするついでに私の仕事も手伝ってもらえるかもって思って……」
「つまり偶然利害が一致した、と……」
「お互い『渡りに船』だったって事だね」
それだとお互いが船を出し合ってる絵面になるのでは?
「……いいですよ。私、カゲリさんのお仕事お手伝いします。アイツから助けてくれた上に家に泊めてくれてくれた恩もありますから」
「シラちゃんありがと、またまた助かった」
私の快諾にカゲリはお礼を述べ、私に向かって深々と頭を下げてきた。
「駄菓子屋さんは会計お願いね。相談屋は、危険過ぎる依頼には絶対に参加させないから安心してね」
「相談屋さんってそんな危ない仕事来るんですか?」
どうやらカゲリが運営する相談屋さんは、私が想像以上にハードな仕事らしい。
「ま、相談屋さんの仕事内容に関してはまた後日に詳しく話すね。で、そろそろ晩御飯の時間なんだけど……シラちゃん、早速晩御飯作って貰ってもいいかな?」
「いいですよ、材料は何がありますか?」
「材料はシラちゃんの献立に応じてわたしがマッハで買ってくるよ」
「分かりました!カゲリさん、何かリクエストありますか?」
「ハンバーグ」
「ハンバーグですね!では張り切って作りますね!」
「やった」
こうして私は謎の少女カゲリの元で住み込みで働く生活が始まったのだった。