始まり
私が小学3年生だった頃、森の中で不思議な出会いをした。
とある放課後。ふと自然の中を歩きたくなった私は、1人で近所の森に足を運んでいた。
適度に手入れされた森の道を1人で歩く。そよそよといい風が吹いて木々が少し揺れる。そこから時折漏れる木漏れ日が私の顔を優しく照らす。
今は1人、会話を合わせたり気を遣う友達が居ない散歩。とても良い時間だ。
「助けて」
私が静かに散歩をしていると、森の奥から助けを求める女の子の声が聞こえてきた。小さい声だったのに、やけにはっきりと声が聞き取れた。
「……!」
助けを求める声を聞いた私は急いで声のした方へと走った。道を逸れ、落ち葉だらけの地面をガサガサと踏み鳴らしながら必死に走る。
駆けつけた先にあったのは、廃材が散らばる謎の場所だった。
「助けて」
その廃材の中に青色の綺麗な花瓶が転がっている。
(瓶の中から声が聞こえる……?)
私は足元に転がっている綺麗な花瓶を拾い上げた。
「助けて」
花瓶の中に人の顔がギチギチに詰まっていた。
「うわーーーーーーっ!?!?」
私は大声を上げて驚き、思わず花瓶をその辺に放り投げてしまった。
「あだっ」
落ちた花瓶の中身から再び声が聞こえた。そこで助けを求めていた声の事を思い出した私は、恐る恐る花瓶に近付きながら声を掛けた。
「あ、あの……大丈夫ですか?さっき助けを求めてたのって……」
「わたしだよ。遊んでたら抜けなくなっちゃった」
怖がりながらも声を掛ける私とは対照的に、花瓶の中身はマイペースだった。更に簡単に事の経緯を伝えてきた。
「ねえ、この花瓶割って」
「わ、分かりました……」
よく分からなかったが、相手が物凄く困っていたのは分かった。なので私は一応、相手を助ける事にした。
「こ、これどうやって……」
「その辺に叩きつけちゃって」
私は声が聞こえる花瓶を再び拾い上げると、その辺にあった大きめの石を目掛けて花瓶を投げつけた。
花瓶はパリンと音を立てて割れ、破片が辺りに飛び散った。
「助かった」
花瓶の中から現れたのは、黒いワンピースを着た無表情の女の子だった。
「助けてくれてありがと」
「ど、どういたしまして……」
彼女は棒立ちのままスーッと地面を滑って私の前まで移動し、丁寧に礼を述べた。この女の子、明らかに人間では無い。
「…………助けてくれた手前でこれ言うのは何なんだけどさ」
「は、はい……」
「よく分からないもの助けたらダメじゃん」
何故か助けた人から真っ当なダメ出しをされてしまった。
「あの、第一印象や雰囲気からして悪い人ではなさそうだったので助けました……」
「それでも気を付けてね。無害そうな雰囲気出して近付いてくる奴も居るんだからさ」
先程の花瓶から打って変わってまともな言葉……わざわざ警告してくれると言う事は、恐らく彼女は悪い人では無いのだろう。
「ごめんなさい、次からはもっと気をつけます……」
「でも、物凄く助かったよ。ありがと。いつかお礼させてね」
「いえ、礼だなんてそんな……」
「いいのいいの、遠慮しないで。『シラちゃん』がピンチになったらすぐ助けに行くね」
「えっ……今、私の……」
シラは私の名前だ。名前付きのものは表に出してないし、まだ名乗ってもいないのに何故私の名前が分かったのだろう。やはりこの子は只者ではない。
「わたしの名前は『カゲリ』だよ。『夢居白』ちゃん、またね」
彼女、カゲリはそう言うと私の前からパッと姿を消してしまった。
「消えた……」
私が瞬きをしたほんの一瞬で消えた。私は辺りを見回してカゲリを探すが、気配はおろか彼女が居た形跡すら見当たらなかった。
「……帰ろ」
よく分からない怪奇現象に遭遇して少し怖くなった私は、早めに家に帰ったのだった。
あの出来事以来、私は謎の現象に一切遭遇していない。彼女と2度と会う事は無いだろうが、あの時のカゲリとの出会いは一生忘れないだろう。
……だが、あの時の私は知らなかった。
まさか数年後に再びカゲリと遭遇した上に、あの時した約束に私が心から感謝する事になるとは夢にも思わなかったのだった。