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誰が為の戦記  作者: ナイアーラトテップ
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第四話 啄木鳥

 部隊長二人とオマケ一人を伴い天幕に入ると、中央に机と地図が置かれていた。作戦の説明を今から受けることになるのだが、その前に一つ行っておくべきことがある。


「アウラ、外で遊んでおいで」


 そう、しれっと一緒について来た妹への対処だ。


「ぶーぶー、妹差別反対」


 そんな可愛い顔で睨んでも無駄だぞ。そんな益体もない事を考えつつも、彼女に対して甘い自覚はある。このままでは押し切られてしまうだろう。しかし、今は気持ちを切り替えるべき状況だ。その意味も込め、部隊長二人に対して声を掛ける。


「セルゲイ大隊長。イチカ大隊長。大隊長以上の権限に寄る特段の指示がない限り、軍議に参加できるのは中隊長以上とその随員だけと決まっているはずですが」


 アルスは15歳ながら、10個ある中隊の末席とは言えど、第10中隊長を拝命している。最大で200名の人員を率いる権限を持つ立場である。そして、彼は一見自由人の気質も見えるが、組織人として振る舞うべき場面で甘えを見せることはない。


「アルス中隊長。今回の作戦にはアウラの働きが不可欠だ。そのため、大隊長の権限で会議に参加させることにした」


 セルゲイ大隊長がそう判断するなら異存はない。彼は普段は剽軽な性格だが、こういった場面でふざける人間ではないことを知っている。イチカ大隊長も認めているようだ。


「軍議を始める。なお、今回は特殊な軍議なので司会は私が務める。異存はないな?」

「「「異議なし」」」


 普段は大隊長が参加する軍議ならその副官が司会を務めるが、今この場にはいない。次席に相当する中隊長である自分が司会をしようにも、作戦の概要を知らされていない。イチカ大隊長が司会を務めるのは自然な流れだろう。アウラはそういったことには向いていないので考慮の外だ。


「始めに現状を共有する。我々エインヘリヤルの雇い主たるパラティオン公国は、先のサン・グランデ平原における野戦で敗北し、追撃を受けながら直近の要塞であるロンバルディ砦へと撤退中だ」


 ここまでは予想通り。何も疑問は無い。


「今回の野戦で公国側主将を務めたタンクレーディ将軍は既に要塞に到着。そのまま敗残兵を収容しつつ、ロンバルディア砦駐留軍と連携して防衛態勢に入るとのことだ」


 かの将軍に良い印象はないが、難攻不落で知られるロンバルディア砦に籠もるのなら、そう簡単に抜かれることは無いであろう。となると、俺たちの役割は森林に隠れ帝国の兵站を脅かすことであろうか。


「団長はロンバルディア砦は1日も持たないと見ている」


――っ!


 どういうことだ?平原で野戦を行った兵力は、傭兵団を含めずとも1万を超えていた。砦に駐留している兵力も5千は切らないはず。追撃や逃亡により大きく兵が減ったとしても、合計すれば1万を超える兵力で砦の守備につくはずだ!対して野戦にて確認できた帝国の兵数はおよそ8,000。ほとんど損耗が無かったとしても、砦を攻めるほどの兵力は有していない。


 仮に帝国が攻城兵器を用意していたとしても、兵数で劣る以上満足に攻めることもできないはず。となると、後詰めが到着し攻城戦に加わるのか?


「疑問があるようだな?それも当然だ。種明かしをすると、後詰めは確かにこちらに向かっている」


 やはりそうか、後詰めを待って砦を攻撃するとなると、やはり後方撹乱は重要になってくるな…


「しかし、後詰めは攻城戦には加わらない」


 理解できない。後詰めは来るが攻城戦には加わらない?それになんの意味がある?糧秣を浪費するだけだ。それに、それでは結局砦は落とせまい。


「砦が何故落ちるか。その理由は単純だ。ロンバルディア砦守備隊は帝国に内応している」


 もう驚かないぞ。それなら砦が落ちることは納得できる。どこからその情報を手に入れたかは分からないが、うちの暗部なら可能であろう。当然その情報があるのなら打つべき手はあるが、それができたのならこんな軍議は開催されていない。しかし、情報整理のために確認はしておくか。


「守備隊が内応しているという情報を公国側に伝えないのですか?」


「3つの理由からそれは無意味だ。第一に、傭兵団のもたらす情報など信用されない。第二に、今伝えたところで公国側に対処するだけの時間的猶予はない。かの国は複雑に貴族間の政治・外交が絡み合っている。証拠も無しに守備隊を処断することはできない。そして第三の理由として、タンクレーディ将軍率いるビショーネ騎士団の残存兵力と守備隊は数的に拮抗している。処断しようと動いたとて対処できる数ではない」


 全て納得できる内容だ。唯一引っかかるとしたら、団長ならこうなる前に対応できたのではないかということだが…。それは考えるだけ野暮だな。対応しないことに価値を見出したに違いない。


「帝国が砦に攻めかかるのは、野戦と追撃戦での疲れをとり、後方の安全が確保できた時点になると考えられる。おそらくは5日後といったところだろう」


 お気の毒だが、雇い主にとっては絶望的な状況だな。そうなると傭兵団としてどう動くという事に焦点は絞られるが、ここからがこの軍議の要点なのだろう。


「我が団が取るべき行動を示す。それは敵の後詰めを率いる将の身柄を確保することだ」


 何となく読めてきたぞ。その将は、帝国に譲歩を迫ることができる価値を持つ人物だということか。


「後詰め部隊を率いる将の名はアウグスト・バルドル。グラスペル帝国皇太子だ」


 後詰め部隊が派遣された理由も、攻城に加わらない理由も得心が行った。今回の戦そのものが皇太子に華を持たせるためのものだったのであろう。かの「傾国」を使い、内応までお膳立てした念の入れ用もそのためのものか。


「かの部隊は3日後にサン・グランデ平原に布陣する見込みだ。兵数はおよそ1万。平原に布陣し砦が落ち次第進駐し、功を喧伝する予定だろう」


 放っておけば、その目論見は達成されていただろうな。しかし、団長が動く以上はそうはなるまい。


「見通しの良い平原に布陣し、物見も隙間なく放つだろう。奴らは自分達は絶対に安全だと信じる。しかし、そこに隙が生じる。」


 大軍を罠に嵌める。うちの得意なシチュエーションだ。


「皆も知っての通り、帝国軍如きに発見されるほど我らは甘くない。夜陰に乗じて団長自ら部隊を率い、奴らを追い立てる。混乱した敵が皇太子を逃がす経路など限られている。我らが別働隊は最後の詰めを行うというわけだ」


 全てが理解できた。ここにいるメンツは追い立てられた獲物を仕留めるには最適な人員だろう。


「普通なら追い立てる部隊との連携が必要で、いくら行動を制御できるとは言え、兵を伏せる場所はは多くもっと兵数が必要だ。しかしこちらにはアウラがいる。」


 そう、この作戦の最重要人物は間違いなくアウラだ。横目で見ると、普段になく真剣な目で集中しているようだ。


「以上が作戦の全容だが、何か質問または意見はあるか」


 前提として団長はしくじらない。もし、しくじったとしたら全員で逃げるだけの話だ。そして、皇太子がいつどこに逃げてくるのかこちらは分かる。問題となることがあるならば、別働隊の戦闘能力を敵が上回るかどうか。その一点に絞られる。


 念のため、確認をしておこうとアルスは挙手をする。


「アルス中隊長。発言を許可する」

「ありがとうございます。セルゲイ大隊長に確認したいことがあります」

「なんだ?」

「皇太子ともなれば、護衛に近衛兵が付いていることでしょう。こちらの戦力を上回る可能性はありますか?」


 おそらくそれはない。そう思いながら確認をする。


「掴んでいる情報によれば、皇太子の周りを固めている部隊は帝国高位貴族の子女で構成される部隊だという。全員が主と同じく初陣で、実戦を想定して訓練をしてきた部隊ではない」

「承知しました。」


 皇太子だけではなく、その取り巻きにも功を立てさせるためなのだろう。普通に考えるなら戦闘を行うことはありえない状況。皇太子にとって不幸なことは、普通ではない戦場に放り込まれることであろう。同情するよ。容赦はしないけど。


「他にはないな?では解散して集合がかかるまで休め」

「「了解」」


 これから起こることもやるべきことも理解した。今は心身を休めつつ、あらゆる状況を想定して不測の事態に対処できるようにしておこう。そう考えながら、腕に抱きついてくるアウラを横目に、天幕を後にした。

 


 

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