第98話 ゴーストを捕獲するべし
息吹戸はきょとんと目を丸くした。協力の言葉を聞いたからではなく、そう言い放った時の祠堂の表情に驚いた。
ラスボスがいる敵陣に単身で突っ込むような覚悟が感じられる。たかが手を貸して欲しいだけでここまで緊迫感がでるものだろうか。
「別にいいけど。なんでそんなに緊張してるの?」
息吹戸がふんわりした態度で同意すると、祠堂は肩透かしな表情になり、ふぅと息を吐いて緊張解いた。
「そりゃ、お前に協力を仰ぐのは至難の……いや、今はいいか。協力する気があるんなら、気が変わらないうちに動くだけだ」
「えーと。私は何をすればいい?」
「ゴーストを無傷で捕らえてから内部の魔法陣だけを抜き取ってくれ。幻術魔法陣を作ったの誰なのか解析できるかもしれない」
「それすごいね! わかった、やってみる」
すぐに賛同すると、祠堂が数歩後退して警戒した。それを無視して悪霊捕縛用のロープを腰につけてすぐに霊園へ向かう。
結界の内側に入ると、入り口付近にいたゾンビがこちらを向き、墓石で骨を齧っていたグールが牙を剥いて威嚇する。
しかしそれらを完全に無視して、息吹戸は夜空に視線を泳がした。
「さてと。ゴーストはどこかな~」
眼鏡を外すと、ゴーストのシルエットを確認せきた。魔法陣から伸びる文字列が下にいるアンデッドのシルエットを創り出している。
ゴーストは遥か上空にいた。
おそらく七メートルはある。普通ジャンプしても届かない距離だ。ここの墓石は一メートル未満の低い高さが多く、それを踏み台にしても駄目だろう。もう少し高い台が必要だ。
ううう、おおお。
ゆっくり歩いてくるゾンビを足で蹴り倒し、飛びかかってくるグールの頭部を蹴りで破壊しながら、息吹戸は角度と距離を目測で計る。
170~180センチの踏み台があればギリギリ届きそうだ。
丁度よい高さの人がいる。と息吹戸は祠堂に振り返った。
「祠堂さん! あそこに盛田って書かれた墓石の前で背中を向けて立ってほしいんだけど? お願いできる?」
祠堂はすぐに意図に気づき、嫌そうに眉を顰める。
「俺を踏み出しにする気か?」
「イエース」
笑顔で頷くと、祠堂は一瞬だけ頭痛がしたように眉間に指を当てた。
隙ありとばかりに、グールが雄叫びをあげて飛びかかってくる。それをちらりと見定めると、祠堂は手のひらに小さな圧縮した空気を作り出し飛び込んできたグールの頭部に手をかざす。
空気はグールの鼻や耳、毛穴などから内部に侵入して内部で弾けた。
パァンと風船の破裂音とともに、グールの頭部が砕けて活動を停止する。
祠堂はまた上空視線を戻す。まだゴーストの位置が把握出来ていない。
空を漂っていると感覚では分かるのだが、微弱すぎて掴み切れていない。ゴーストを捕獲するには空全体に攻撃を放ち、逃げる動きを察知するしかないだろう。
そんな非効率はしたくない、と諦める。
「はあ。仕方ないか」
祠堂はゾンビとグールをなぎ倒しながら移動して指定された墓の前に立つ。その行動を踏み台にしていいという意思表示とみた息吹戸は、よっし、と小さく気合を入れる。
「ここでいいか」
「いいけど。……動いちゃうね」
アンデッドが祠堂に群がる。幻術と分かっていても襲ってこられると無視できず、体が勝手に対応するため、ガンガン手や足が出て動いていた。
「駄目だ、じっと出来そうにない。多少の動作があるが文句は言うな」
「タイミングみてジャンプ台にするから大丈夫!」
息吹戸は祠堂から数メートルほど離れてた場所に立っていた。手や腰の捻りだけでゾンビとグールを仕留めている。まるで刃物を遣った曲芸のように、体のしなやかさを存分に見せつけるような優雅な動きだった。
(祠堂さんが位置についてくれたし)
息吹戸はゴーストの位置を確認し、そこだけに意識を集中した。
(3Dリアルゲームはもうおしまい)
霊園のアンデッドはVRゲームだと、偽物で作り物のホログラムだと完全に思考を切り替える。
現実のモノだけに興味を完全に移すと、息吹戸の視界からゾンビやグールが消えた。
息吹戸はクスっと笑う。
ゾンビの姿を見て笑ったのではなく、狙った場所にゴーストが浮遊してきたからだ。
(今がチャンス!)
息吹戸は駆け出した。
マジかよ。と、小さく声を出しつつ、祠堂はその光景に目を疑った。
息吹戸に触ろうとしたゾンビの手が擦り抜ける。掴もうとする腕が、噛もうとする口が彼女の体を擦り抜けて、ゾンビたちはお互いに頭をぶつけてドサっと倒れた。
幻術と見破れば効果がない、それを立証する姿だった。
「あいつ。この幻術は偽物だと完全に意識の切り替えをしたのか?」
幻術だと分かっていても、姿があると本能的に在ると思いこんでしまう。
その心理を見事打ち消した息吹戸の姿に、祠堂は半信半疑で眺めて。
ドン!
肩に衝撃がきた。
全速力で走ってきた息吹戸が遠慮なく祠堂の左肩に片足を置き
「倒れないでね! 怪我しちゃうよ!」
意地悪い笑顔を浮かべながら肩を蹴って高く飛翔する。
「誰に言ってんだ! さっさと捕まえてこい」
祠堂は体と足にグッと力を入れて衝撃に耐える。
「アイアイサー!」
上空に飛翔した息吹戸は、狙い通りゴーストの目の前に来た。ゴーストが驚いて目が見開いたのを確認して、両手に持っていたロープをクルクルと絡める。
素早く結ぶと重力に従って落下し、急降下する。息吹戸に連なってゴーストも空から地上へ落下した。
「到着っと!」
スタっと両足で着地する。握りしめたロープを辿ると肩越し斜め上にグルグル巻きにされたゴーストが風船のように浮遊していた。ロープから必死に逃げようとジタバタもがいている。
このロープは霊体捕縛用の特殊な術が施されているため少々ではびくともしない。
息吹戸は、ほら。と声をあげる。
「みてみて祠堂さん、ゴースト捕まえた!」
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