第96話 祠堂の手助け
一瞬、目が点になった息吹戸だが、すぐに「はい」と返事を返す。
玉谷は三か所の霊園へ向かうよう指示した。
どれも付近にある霊園で車で20分以内に行ける距離である。
中央区の全ての霊園に結界を張っていたお陰で、現在被害がないのが幸いだ。
第二課も出撃しているが発生場所が多くて人手が足りない。現場に向かい被害が出ないうちに終息させるように。と、弾丸トークの説明を受ける。
イケボで滑舌が良い玉谷の声にしばし聞き惚れる息吹戸。相槌を打つこともなく無言で耳を傾けていると、聞いているのか? と問うような声がかけられ、うっとりしながら答えた。
「ちゃんと聞いてますよ一言一句、耳に美味しい部長の痺れるような低音甘いボイス。ずっと聴いていると心が低温火傷しそうな。そうこのボイスはベッドの中で聞きたい」
『……は?』
「すいません本音でました忘れてください、全力で聞かなかったことにしてくださいお願いします」
感情を一切練りこまず己の失態を詫びたところで
「追加指令承諾しました。今すぐ向かいます。それでですね。こちらからも報告がありまして……」
口調を明るく変化させ、後半の方に意識向けるよう誘導したが。
『悪いが聞く時間がない。報告はメールにしてくれ。必要ならその内容を一斉送信する』
そう締めくくられると通話がぷつっと切れた。
どうやら忙しすぎて先程の失言はそれほど気にしていないようだと胸を撫で下ろす。
しかし安堵している暇はない。
玉谷が慌てているということは緊急性が高いことだ。
本来ならすぐに動くべきところだが、息吹戸はその場で目を瞑り腕組みをして考える。
(うーん。一気に活性化したぞ。何が引き金になったんだろう。まぁいっか。報告を先に済ませよう)
息吹戸はメール画面を開き、空中ディスプレイのタッチパネルで高速タイピングを行う。
『透明ゴーストの体内から、アンデッド召喚魔法陣を発見。破壊するとアンデッドが跡形もなく消滅。アンデッドは幻影の可能性が大』
玉谷に送信するとすぐに返信がきた。『了解』と短い一文が返ってきたが、息吹戸は満足そうに口角をあげた。
「よーし。次の目的地は」
次の向かう現場をナビで検索し道順を確認してから、マウンテンバイクに跨ごうと颯爽と足を上げたときに、
「これを被れ」
シュッ、と目の前に何か投げられた。
反射的に投げられた物を受け取る。それはフルフェイスヘルメットだった。黒い光沢に緑の蛍光色がカミナリを描いている。
「フルフェイスのヘルメット?」
ヘルメットは一度落とせば耐久力が落ちて使えなくなる。落とさなくて良かったと冷や汗をかいた。
息吹戸はヘルメットを掲げ、まじまじと眺める。
「えーと。これを被って自転車に乗れと?」
ノーヘルで自転車を漕いでいたら注意されたので、頭部の対策をしてから行け、と言われても不思議ではない。
しかしマウンテンバイクに乗るのにバイクのフルフェイスは如何なものかと、凝視してしまい目つきが悪くなる。
「まあ、安全のためにはいいけど……。これで自転車に乗るのも勇気が……」
「はあ? 何言ってんだよ」
「だって」と言いつつ、フルフェイスを突っ返そうとして祠堂に視線を向けると、彼はジャケットを着てフルフェイスを装着し、ネイキッドの大型バイクにまたがった。その体勢のままこっちへ来い手招きする。
格好や仕草がサマになっていて、ちょっと目を惹かれた。
「現場が三つもあるんだろ。気になるから俺も行く。ついでに連れてってやるから後ろ乗れ」
この申し出に息吹戸はとても喜んだ。ぱあああと笑顔になって大きく頷く。
「マジで! やった!! 助かるー!」
マウンテンバイクを邪魔にならない場所へ移動させて鍵をかけると、息吹戸はぎこちない動作でフルフェイスを被って、祠堂のバイクの後ろに乗った。
「オッケーです。よろしくお願いしまーす!」
「…………まずはここから一番近い場所に行くぞ」
「順路はお任せします!」
祠堂がエンジンをかけて動き始めると、息吹戸は彼の腰に手を回した。ぎゅっと抱き付くと、その肉厚に思わず目が輝く。
(これは! いい体! いいな! いいな! どんな運動すればこんな硬い体になるの! 焼いたらおいしそう!)
息吹戸の体も肉体美なのだが、男性と女性の筋肉の付き方は違っている。筋肉フェチである彼女は感激で胸が一杯になった。御捻りをあげられるなら、彼の大胸筋とシャツに隙間にねじ込みたい。
(うううう猛烈にBL書きたい。身近に良質な素材がわんさかあるんだから。まずは創作できる環境を整えないとこのまま脳に蓄積したらパンクする)
ネタが浮かび捻じれもつれる展開を妄想し、含み笑いを浮かべる息吹戸。楽しすぎて思わず、ふふふ、と声が漏れていたが、誰にも聞かれることはなかった。
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バイクを運転しながら、祠堂は毒気を抜けられたような表情を浮かべていた。
玉谷の口調が普段よりも慌てていた事が気になり、時間勝負ならば自転車よりもバイクがいいだろう。と、一応提案してみたが、息吹戸が本当に乗るとは思ってなかった。
てっきり、いつものように、お節介は必要ない。と言い放つと思っていた。
予想が大きく外れてしまい何とも言えない気分になる。
こちらから提案した以上、やっぱり止めるとも言えないので、乗せて移動している。
後ろから伝わる気配はとても楽しそうである。
というか、本当に嫌がらずに背中に引っ付いている。手をまわしてギュッと腰に抱きついている。
お互い着込んでいるので、人肌の暖かさが伝ってこないのが少し残念だ。
そこまで考えて、祠堂は思考を止めた。
きっと気まぐれに過ぎない。それか、状況に応じて妥協しているだけに過ぎ無い。と己を律する。
しかし息吹戸の性格が凄く変わった。と首を傾げる。
例のビルでの事件以降から、まるで人が変わったような態度で戸惑いを隠せないが。
これはこれで悪くないなと思い直し、少しだけ照れたように頬を染めた。
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