第94話 原因はこいつだ
視線をゾンビに戻し、幻術だと解っている状態でゾンビを触ろうとしたら、手がすりぬけて実態がなかった。
電気が滞り点滅している文字の欠片が、ジジジ、と音を立て、指の間を滑り落ちていく。
(つまり、ここにいるゾンビもグールも、実態に限りなく近い幻。ってことだね。相手の思い込みの力で実体を得た、ってことかぁ。だったら、解決方法は……)
息吹戸は周囲に警戒網を、濃く貼る。
「!?」
息吹戸の雰囲気が変わったことに気づき、祠堂もすぐに警戒網を貼り、暗闇と静寂に包まれた霊園を注意深く探る。
理由は後でいい。彼女が警戒するなら何かあるだろう。
息吹戸はゆっくりと180度霊園を見渡す。
(んー? あれは?)
壊れた文字列達が、ある一か所を示している事に気づいた。そこを注意深く視るとゴーストがいる。
殆ど無色透明の人型。うっすら光もしないため肉眼で完全に見落としていた。
更によく視ると、ゴースト自身を構成する魔法陣と、腹部にもう一つ魔法陣がある。
ダブルの魔法陣を持つなんて、怪しいことこの上ない。
「ふーん?」
狙いを定めて息吹戸が駆けだすと、居場所がバレたと気づいたゴーストが空に飛び上がる。
すると再起不能のアンデッドから文字列がこぼれ落ち、糸が解けて引っ張られるようにゴーストを追いかけた。
解けた文字列がゴーストの体を貫くと、ぬいぐるみの腹から糸がこぼれ落ちるようなみすぼらしい姿になった。
しかし実際は、ゴーストの体内にある魔法陣に吸収されて、新たな文字列に創り直されている。自動復元装置とでも呼ぶべきか、これが繰り返し現れる原因だ。
(なるほど。いくら魔法陣を探しても見つからないわけだ。よくできてる。……絶対に逃さない)
息吹戸は墓石の上に上がって高くジャンプする。踏み台に使った墓石への謝罪は後だ。
真正面で通せんぼすると、『!?』とゴーストが息を飲んだような仕草をした。表情筋のない骸骨なのに、目を見開いて驚いたようなイメージが湧いた。
「残念でしたー」
にこっと笑って、鉈を一閃させゴーストを真っ二つにする。ゴーストは悲鳴をあげる間もなく、水をかけた綿あめのようにドロっと消滅した。
次の瞬間、消滅を免れた栞サイズの魔法陣が、逃走するように勢いよく空へ飛び出す。意志を持ち別の場所に逃げるように見えた息吹戸は
「えい!」
狙いを定めて鉈を投げる。
パァァァン
鉈が魔法陣に当たると栞が粉砕され、花火のように夜空に瞬いた。
息吹戸が着地すると碧い光が降り注ぎ、その儚い輝きにうっとりと目を細める。数秒後、空は暗さを取り戻した。
周囲を観察すると、魔法陣に集っていた文字列が消え、倒れていたゾンビやグールが消滅した。
眼鏡をかけ直すと景色が単調に戻る。
そこにも、大量に倒れていたアンデッドが痕跡も残さず綺麗さっぱり消えていた。
「なんだと!?」
祠堂は劇的な変化を遂げた霊園を眺めて呆気に取られた。周囲を見渡し瞬きをしたり、目を擦ったりする。
彼の側にいる和魂もキョトンとして周囲を見渡し、困惑したようにウロウロ歩いて、祠堂の中に戻った。
「一体、何を見たんだ俺は」
夜空に花火あがったと同時に、アンデッド達が影も形も腐臭もなくパッと消滅した。幻惑と気づいていない者からすると、驚くなというほうが無理である。
祠堂はすぐに地面を触る。アンデッド達の体液を吸ったはずの地面は濡れていない。こんな短期間に乾くはずもない。
いくら探ってもアンデッドの気配が一切残っていないのも妙だ。と毒づく。
残り香というわけではないが、異界から来たモノはその世界の空気を纏っている。
肉体を完全に消滅させたとしても、異界の空気が天路国に混じることなく一定時間残留するため、どのタイプがここに居たか痕跡として把握できる。
この数秒で痕跡が残らないのはあり得ない。アンデッド系ならば汚染も含めて3日は残留するはずだ。
ならば、今まで戦っていたモノはなんだったのか。と、祠堂は経験と知識に基づいて、敵が仕掛けてきたパターンを冷静に思い出す。
そういえば。と、息吹戸が破壊した魔法陣の図形を記憶と照らし合わせる。それで彼は答えに辿り着いた。時間に換算すればほんの一分。
「あのアンデッドは実体を伴った幻術か! この霊園にいたのはあのゴースト一体のみで、魔法陣が仕込まれていることに気づかず、大勢のゴーストに紛れていたため見逃されていた。だから何度討伐してもすぐにアンデッドの幻が出現できたのか」
「へえー。やっぱりそーいう術あるんだね」
息吹戸は祠堂に歩み寄りながら、呑気な声をあげた。
「その口振りから察するに、祠堂さんはあたしより霊園調査の詳細を知ってるんじゃない?」
祠堂は反射的に身構えようとして、やめた。息吹戸から怒気も苛立ちも感じられない。単純に事実を知りたいだけのようだ。
「長期戦、もしくは解決の糸口が見つからなければこちらも介入するからな。昼に霊園の詳細を聞いた」
「そっか。……ふふふ。そんなに警戒しないでよ。別に怒ってないんだし」
身構えた事を指摘され、祠堂はバツが悪そうに視線をそらす。
「さて。原因の一つが判明したし、部長に報告しなきゃ」
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