第89話 それぞれ現場へ
「さてさてさて~。殲滅楽しみだなー!」
やっとお許しがでた。
そして一人で突撃出来る。
守るのは自分の身だけで良いので、大分気が楽だ。津賀留と一緒が重荷になるわけではないが、ゾンビ戦は守りを考えず攻めでいきたい気分なのである。
ルンルン気分の息吹戸は、通路の途中にある武器庫へ入る。
ここは開発部が創った武器が置かれている。以前の息吹戸なら武器は必要なかったが、今の息吹戸には攻撃手段がない。よって、物理に頼る事になる。
「さーてさて。何を持って行こうかなぁ」
自分の名前が書かれたロッカーを開き、カミナシのジャケットを羽織りジッパーを閉める。鉈を取り出し腰に装着した。
案外扱いやすかったので、雨下野に頼んで頂いたものだ。最近ずっとこれを愛用している。
あと感染防止薬や応急セット、火の護符をリュックへ入れて背負った。
指定された場所が少し遠いので徒歩で行くには困難だ。武器庫を出ると、駐車場へ向かって駐輪場を探しあるモノを探す。
「よーし! 電動自転車あった!」
運転が苦手な彼女が選んだのはマウンテンバイク型の電動自転車だ。
これならスピードも出るし疲れにくい。ナビは腕時計がやってくれるので問題ないだろう。
静脈センサーでロックを解除し、サドルに形の良いお尻を乗せてペダルに足をかける。
「いっくぞー!」
元気よく声を出し、颯爽と出発した。
電動自転車に乗って、あっという間に本部から遠ざかった息吹戸を、駐車場にいた東護と彼雁が奇妙な物を見る様に眺める。
「……息吹戸さん、自転車で行きましたね」
あんなに遠いのに、という言葉を舌で転がした。
東護はため息を吐き、頭痛がするように眉間に皺を寄せる。
「あれの奇行はいつものことだ」
二人は車に荷物を入れて座席に乗り込んだ。運転席に座った東護がシートベルトをつけていると、彼雁が不思議そうに首を捻る。
「奇行って。いやでも、あれだけ運転が好きだったのに、全然車に乗ろうともしないし、どうしちゃったんですかね」
東護は、さあな。と素っ気なく答えつつ、エンジンをかけると、勝木達が対面の車に荷物を入れ込む姿が見える。
軽く手をあげて挨拶をすると、彼らも手を挙げて返した。
人がいないのを確認してハンドルを回し駐車場から出た東護は、やや疲れたようにため息をついた。
魔法陣を発見出来なかった現実は、完璧主義の彼にとって少々メンタルに堪えるようだ。
そんな運転手の心境に気づかず、彼雁は窓から景色を眺めながら、息吹戸の去った方向を目視する。
「でも、今の息吹戸さんは少し馴染みやすいですね。ちゃんと報告書も仕上げたようだし。今のままだったら、オフィスも平和になるのに。記憶が戻ったらまた女王様になるんだよなー、嫌だなー」
「そんな事より、魔法陣がありそうな場所を考えろ」
チッと舌打ちしながら冷たく一蹴すると、彼雁はひぃっと顔を青くした。
「そうですね!」と、間髪入れずに答えて、魔法陣のある場所について思案に耽った。
しばらく移動すると霊園が見えてくる。
結界を張っているので外は安全だが、霊園の柵の内側でゾンビがうろうろ徘徊している姿が確認できた。
「ほんとだ。うようよいる。なんでー!?」
彼雁が頭を抱えて絶叫する中、東護は苛立ち、チッと二度目の舌打ちをする。音が聞こえて彼雁は手で自分の口を押さえた。
駐車場に車を停めて降りる。
二人とも和魂を扱えるので荷物はそこまで必要ないが、物理攻撃しか効かない場合も想定して、銃とナイフを装備している。
ショルダーホルスター(肩紐にかけて脇に装着)に小型拳銃を、サイホルスター(ベルトからつりさげ太ももに装着)に小型ナイフを装着しているが、ジャケットに隠れて見えにくい。
「速やかにアンデッドを始末して魔法陣を探さなければ。見つけるまでオフィスに戻れないと思え」
「百も承知です。ねぇ東護さん。あれを見てくださいよ」
彼雁から笑顔が消える。彼が指し示す方向に、ウィルオーウィスプが数体漂っている。
「あんなにいますよ。ヤバいです。どっかとゼッタイ繋がってます」
ウィルオーウィスプは沼地や墓場などに出没する鬼火の一種だ。人の前に現れると道に迷わせたり、底なし沼に誘い込むなど危険な道へ誘う。
言語を放つ個体もあり、悪賢い知能をもっているため油断は出来ない。
「どんどん、悪質になってきますね……」
そうだな。と相槌をうつ東護。
「どんな相手であれ、倒すだけだ」
「まあ、そうですね」
冷静な東護の態度を見て落ち着き、彼雁は緊張と共に体の力を抜く。
「頼りにしてますよ東護さん」
「手を抜かずしっかりやれ」
彼雁は「はいはい」と楽観的返事を返すと、東護の後を追ってアンデッドの巣窟と化した霊園へ向かった。
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