第87話 勝ち取った単独行動
「彼雁ももう浴びたのか。早かったな。端鯨はシャワーか?」
話を変える為、勝木が呼びかける。
彼雁は「浴びてた途中」と首を左右に振って、慌てて礒報に呼びかけた。
「大変なんだ礒報さん、端鯨さんの調子みてください! シャワー室で吐きだしちゃって! もしかしたら毒気に当てられたかも!?」
「えええ!? 端鯨さんが!? わ、分かりました! 医療班と一緒に様子見に行きます」
そして玉谷に力強い視線を向ける。
「しばし連絡から外れます」
わかった。と玉谷が頷くと、礒報は急いで自分のデスクに戻り社内電話で連絡をする。彼雁の情報を医療部に伝えるとすぐにオフィスから出ていった。
礒報は高い戦闘能力と治療能力が備わっている。医療班と連携して一課のケアを行う後方支援型だ。
彼女に任せておけば大抵の不調は改善される。
「端鯨の様子に気づかなかった。不覚だ」
東護は心配するように視線をシャワー室にむける。
「意識はあるけど、わかんないっす。アンデッド討伐のあとだし、念のためと思って」
「それがいいだろう」
彼雁の言葉に勝木が重々しく頷いた。
ゾンビの体臭で異常ステータス攻撃を受けていてもおかしくない。念には念を入れることが、生き続けるためには必要だ。
(端鯨さん大丈夫かな~。シャワーの熱でのぼせたのかも。津賀留ちゃんは大丈夫なのかなー?)
次から次へと忙しなく動く同僚をのんびり観察しながら、息吹戸はよそ事を考える。
(っていうか礒報さんも男子シャワー室に突撃するのかなぁ? 女子来て恥ずかしがる端鯨さんって面白そうだから見に行きたい。それに戦う人だからさぞかしいい筋肉をしておられるはず。普通にみたい)
真っ赤な顔で股間を抑える構図が浮かんでしまい、面白くて口の端がにやける。が、すぐに思考を真面目に戻す。
(いやいや、モラルの問題が発生するから医療関係以外は突撃しちゃいけないよね。夏になれば皆薄着になるはず、それを待とう)
「コホン」
玉谷は咳払いをして部下を自分に注目させた。
息吹戸は邪な妄想にガレージシャッターを降ろし、気持ちを切り替える。
「今回は魔法陣の破壊が最優先だ。東護と彼雁はもう一度北区の霊園へ向かってくれ。勝木と彫石は東区だ」
「はい」と頷く声に混じって、「うわー、まじかー」と彼雁が嘆いた。
何か不満が? と鋭い視線を向けた東護に、彼雁が慌てて「ペアが嫌じゃなくてゾンビが嫌なんですー!」と泣き声のような悲鳴をあげる。
「息吹戸は津賀留と一緒に南区の」
「一人で大丈夫ですよ部長」
「単独行動は……」と言葉を続けようとした玉谷の言葉を、息吹戸は遮った。
「いやいや。女性の入浴は長いから待ってると被害拡大しちゃう。それに、体暖まらない内から外に出ちゃって、津賀留ちゃんが風邪引いたら大変だもの」
言いながら、玉谷から彼雁に視線を動かすと、目が合った彼は顔を引きつらせて一歩後退した。
彼雁は先ほど、まじかー、とうっかり口からでた台詞を咎められると、怯えていたが。
「彼雁さんも髪をしっかり乾かしたほうがいいよ」
息吹戸は彼の湿った髪を示した。
身構えていた彼雁は予想外の言葉に目を点にしながら、「あ、はい」と弱弱しく返事をする。
息吹戸はまた玉谷に視線を戻した。
「シャワーに行ってまだ10分くらいだし、髪を洗い終わったぐらいじゃないかな?」
自分だとそうだから、他の女性達もその可能性が高い。
「しかし……」
言いよどむ玉谷を説得すべく、にやりと悪い笑顔を浮かべて、息吹戸は彼に一歩、歩み寄り至近距離で見上げる。
題して、上目遣いでドキドキさせよう作戦。
可愛い仕草をして許して貰う作戦だが、生憎、爛々と輝く目をした息吹戸は瞳孔が開いており、殺る気満々という印象が強い。
違う意味で、玉谷はたじろんだ。
「時間が押してるんですよね? 私、アンデッドこうぶ……大好きなので対処法大丈夫です!」
危うく好物と言いそうになったが、玉谷達に疑問を持たれなかった。
しかしアンデッド大好きといった時点で、他の職員から異常者を見ているような白い視線がビシビシ届く。
同じ趣向でないと理解できないので慣れっこだ。
玉谷は考え込むように黙った。彼の中で激しく葛藤しているのが手に取るように分かる。もうひと押しだ。
「一人でも大丈夫ですって、任せてください! いつもなら任せるんでしょ? ね?」
息吹戸は胸を張ってドンと力強く宣言すると、玉谷は渋々頷いた。
「そうしよう。ただし、これだけは念を押す。おかしな点があれば……なくても必ず業務連絡をすること。くれぐれも、一人で突っ走るな。絶対だ」
台詞の最後になるにつれ、語尾が強まる。
息吹戸は「りょ」と小さく返事をして
「ところで、玉谷部長。2つほど質問いいですか?」
「なんだ?」
「事件の詳細です。蚊帳の外だったんで、もうちょっと詳しく知りたいのです」
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