第71話 考察と妄想の狭間
「明日退院できる……?」
息吹戸は医者からの言葉に度肝を抜かれた。
強風に飛ばされて背中を打ち、術の反動から吐血するほど内臓が損傷したというのに、大きな怪我はないという結果。信じられなくて質問することすら忘れてしまっていた。
(まじか。なんたる丈夫な体と回復力。パネェ)
そう思いかけたが、いや違う、と即座に否定した。
頭の中で菩総日神と会話中に痛みが消えたことを思い出す。あの感覚こそが身体が回復した証ではないかと。
(神様が肉体ダメージを消してくれた。……マジか。現実に奇跡を起こせるなんて嘘だろ……しかも、呼びかけたら応えて力を貸してくれて、ついでに体も治してくれたなんて。素晴らしくサービスのいい神様だ!)
実際に奇跡を体験した息吹戸は、心の中で両手を合わせて感謝の念を込めた。
(ありがとうございます。今後は菩総日神さまを全力で推します!)
祈りとは推すことでもある。今後は毎日、菩総日神に祈ろうと決めた。
「あ。そういえばあの後どうなった?」
今更ながら思い出したように尋ねると、津賀留は目を見開いて驚いた後、すぐに笑顔になった。
「はい! 東護さんは無事です。部長に報告するため先に戻りました。アメミットから数名の死傷者は出ましたが、祠堂さんと雨下野さんはお元気です!」
息吹戸は「それは良かった」と淡々と応じた。死傷者が出たところで特別な感情を抱くことはない。
返事を聞いた津賀留は更に嬉しそうに口角を上げた。その笑みに意味を感じた息吹戸は不思議そうに首を捻る。
「やけに嬉しそうね?」
「はい! 息吹戸さんが他人の安否を気にされたのは初めてなので、嬉しくなっちゃいました!」
息吹戸は顔をひきつらせながら「そう」と小さい声を出した。
(息吹戸……一体どんな人生送ればこんな性格になるのやら。最初に記憶喪失を隠さなくて良かった。これ私じゃ演技絶対出来ない。演技してたら発狂してたかも)
妙な頭痛を感じたところで、言っても仕方ないことだと諦め、思考が退院後について傾く。
もしかしたら明日も即仕事が入るかもしれないが、ゆっくりできる時間もあるだろうと予想する。
「そうだ。次に半日出勤とか休暇もらえたら銭湯行こうよ」
津賀留が色めき立って腰を浮かした。
「え! 一緒に行ってくれるんですか!?」
「言い出しっぺ私だし、舟不町は無理でもこの近くにも良い銭湯あるでしょ?」
「ぜひぜひ!」
津賀留の目がキラキラと輝いて胸の前で両手を重ねると、息吹戸は眩しそうに目を細めた。
「私、部長にお休みの日程確認してきま……あ! 目が覚めた事を伝えなきゃ!」
椅子から素早く立ち上がると、津賀留はぺこりと会釈をした。
「少々席を外します。部長と雨下野さんに連絡したらまた戻ってきます。何かご入り用なものがありましたら買ってきますよ」
息吹戸が「ん?」と呟いて眉間にしわを寄せた。
「雨下野ちゃんにも知らせるの?」
「はい。目が覚めたら教えてほしいと聞きましたので。では行ってきます」
「いってらっしゃい」
息吹戸は津賀留は病室から出て行くのを見送った。
彼女がいなくなるとゆっくりとベッドに寝ころびつつ、ヒュドラ戦を思い返した。
(ヒュドラやっぱ大変だったな。あれ怪獣退治だ。あんな命がけの戦闘を何回もするんでしょ? 防衛は大変なんだなぁ)
息吹戸が「それはさておき」と呟くと、口元を妖しく歪ませた。祠堂と東護の戦闘中のやり取りが鮮明に思い出される。
あの二人は仲が悪い。しかし緊急時になると即座にタッグを組んで共闘していた。
その様子はまさに持ちつ持たれつつである。
息ピッタリとまではいかないが、互いの足を引っ張らないよう注意しつつ、アイコンタクトを行い技を繰り出す。
時折、和魂の息の合ったコンボが決まると、二人ともが不敵に笑って視線を合わせる。
どちらかが攻撃を受ける際に最小限になるようカバーするなど、相思相愛としか思えない動きであった。
(互いをカバーして敵を穿つ。あんな良い絵が拝めるとは思ってもみなかった……っ)
息吹戸は鏡を操作して召喚魔法陣に練り上げつつも、祠堂と東護の動きを視界の端に捕えて眺めていた。
命を賭して必死で操作していても目が離せない。
唯一目を話したのは激痛時である。それまでは網膜に焼き付けるつもりで集中して見ていた。
(ガスガス削れていく神通力が、萌えと尊さで回復していた気がする。そう思うほどアレは良かった)
こうやって物思いにふけるだけでも、心が自動回復しているようだ。
(興奮する! この世界に同人誌はあるの? あるか探さないと!)
現実とは異なる展開という薔薇が大量に描かれ、数パターンの薄い本の原型が浮かび上がっては消える。
まるで知恵の泉だと妄想してにやにやしながら悶えていた。
有意義な時間を過ごしていた息吹戸だが、コンコン、とドアがノックされたので正気に戻る。
即座に妄想をシャットアウトして、スンとした表情に戻り「どうぞ」と相手を招き入れた。
「ただいま戻りました! 雨下野さんが直接お話があるそうです」
津賀留がドアを開けて病室に入ると、それに続いて雨下野が入って来た。
「失礼します。ご気分は如何でしょうか」
雨下野は目立ったけがはないが顔色が青く、貧血のような雰囲気であった。彼女も神通力が枯渇寸前だったため倦怠感が強く出ている。
二人の可愛い女性を見た息吹戸はテンションが上がった。とはいえその表情はスンとして大変不機嫌そうである。
「おかえり津賀留ちゃん。いらっしゃい雨下野ちゃん」
「長居はしませんのでご安心ください」
そう前置きをした雨下野が、突然後ろを振り返って開けっ放しのドアを見据える。入ってこない人物に呆れながら「少々お待ちください」と断りをいれて、出ていった。
不思議に思う息吹戸の耳に廊下から男性の声が聞こえた。
「嫌だ」
「しかし礼を述べるのも責任者の義務かと」
「嫌だ。雨下野がやってくれ」
あれは祠堂の声である。病室内に入るのを嫌がっているようだ。
諦めた雨下野がドアを開けて中に入る時に、
「勝負は次回に持ち越しだ! 覚悟しろ!」
と叫んで、祠堂が走り去った。
これは間違いなく宣戦布告である。
なにか悔しいことがあったんだろうなと、息吹戸は苦笑した。
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