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おいでませ神様のつくるミニチュア空間へ  作者: 森羅秋
第二章三句 エピローグ
70/360

第70話 目が覚めてもここは

 息吹戸(いぶきど)は目を覚ました。

 カーテンに仕切られており、病室と思える天井がある。硬めのベッドで薄い掛け布団で寝心地はイマイチといったところである。

 寝たまま肩や腰を動かしてみると、全く痛みがなかった。もしかして元の世界に戻ったのかと期待を胸に、自身の手を見る。頭を少し起こすと豊満な胸がみえた。その瞬間、落胆したように目を細めて枕に頭を沈めた。

 これは『息吹戸瑠璃(いぶきどるり)』の体である。


(うーん。元の世界に戻らなかったか)


 ガッカリしてしまい、大きな息を吐く。


(どこ行ったんだろう息吹戸いぶきど。この世界に愛着がわかないうちに早く戻りたいんだけどなぁ)


息吹戸(いぶきど)さん! 良かった目を覚ました!」


 津賀留(つがる)が喜びの声を上げた。手のひらで乱暴に涙を拭うと息吹戸(いぶきど)の顔を覗き込む。

 

「わ、わわわ私が分かりますか!?」


 津賀留(つがる)の泣き顔前面に広がったので、息吹戸(いぶきど)は苦笑した。


「泣いているようだけど津賀留(つがる)ちゃんは怪我してない?」


 そう呼びかけられた津賀留(つがる)は体を起こして椅子に座り直す。鼻をスンスンさせてから、眉間にしわを寄せた。


「私に怪我はありません。息吹戸(いぶきど)さんが庇ってくれたお陰です。それよりもご自分の身体を心配してください」


「私が庇ったってよくわかったね」


「飛ばされて気を失う前に。守って頂いたと分かりました……」


 気が緩んだのか津賀留(つがる)が大粒の涙をこぼした。

 息吹戸(いぶきど)は緩慢な動作で起き上がり、病院着の袖で津賀留(つがる)の涙を丁寧に拭くと、不思議そうに首を傾げた。


「なんで泣くの?」


「ごめんなさい。一番役に立たなきゃいけない時に気を失ってしまって……。そのせいで息吹戸(いぶきど)さんや他の人達にも迷惑をかけて……。私が底力を維持していればリスクを軽減できたのに」


 俯いて泣く津賀留(つがる)の頬に手を添え、息吹戸(いぶきど)は微苦笑を浮かべた。


「ヒュドラの暴れっぷり激しかったからね。津賀留(つがる)ちゃんに怪我がなくて良かった」


 津賀留(つがる)は恐る恐る、ゆっくりと、息吹戸(いぶきど)の手に自分の手を重ねた。払いのけられなかったので、ほっとして瞼を閉じる。


雨下野(うかの)さんから聞きました。送還儀式の途中から最後まで殆ど一人で完成させたと」


 津賀留(つがる)がゆっくり目を開ける。瞳には悲しみが浮かんでいた。


「どうしてそんな無茶をされたんですか?」


「ん、無茶? 私が役に立っただけだよ」


 息吹戸(いぶきど)は頬から手を離すと、津賀留(つがる)は強い視線を向ける。


「ですが、神通力が尽きて死んでも、おかしくなかったんですよ?」


 息吹戸(いぶきど)は彼女が怒っていると感じて肩をすくめた。 


「そうみたいだね。まぁ生き運があって助かった。この体は結構丈夫だからもう問題ないよ」


「問題あります! 私が起きた時は、もう全て終わったあとでしたけど。息吹戸(いぶきど)さんが血まみれで担架で運ばれているのを見て、心臓が止まるかと思いました!」


「まぁ命賭けたから仕方ないのでは?」


 どこか他人事のような息吹戸(いぶきど)をみて、津賀留(つがる)はキッと眉をあげる。


「もっとご自分を大切にしてください!」


 と語尾を強めた。

 しかし異世界からの侵略と戦う任務遂行させるため命を賭すことは、上梨卯槌の狛犬かみなしうづちのこまいぬとしては当たり前である。

 短絡的思考をしてしまったと気づき、顔を青くしてすぐに深々と頭を下げた。


「私……失礼なことを……ごめんなさい。足を引っ張ってばかりでごめんなさい。謝る事しか出来なくてごめんなさい」


 津賀留(つがる)はカタカタと肩を震わせている。


「そんなこと気にしなくて良いのに」


 息吹戸(いぶきど)がなんてことないように言うと、津賀留(つがる)が涙を流した。


「気にします。私が何もできないから負担をかけてしまいます」


「適材適所。それに倒れたのはキャパオーバーなだけで私の自業自得」


「だからそれを気を付けて下さい!」


 気軽な返事を聞いて、津賀留(つがる)はたまらず怒鳴った。 


「誰かを頼るなんて出来ないのは十二分に承知してます。ですが時と場合によると思います! 息吹戸(いぶきど)さんに何かあったら私が凄く悲しいんです! それだけは理解してください!」


 息吹戸(いぶきど)は呆気にとられたあとに「一応、理解してる」と軽く頷いた。

 その姿をみた津賀留(つがる)は脱力しながら、記憶喪失前とは違う意味で厄介だと呻いた。


「うううう。本当に分かってもらえたんでしょうか……」


「うんうん。分かってるって」


 息吹戸(いぶきど)はティッシュで鼻をかむ津賀留(つがる)の背中を撫でて落ち着かせる。これではどっちが患者か分からない。


「すみません、もう大丈夫です」


 津賀留(つがる)が鼻をすすって深々と頭を下げた。

 息吹戸(いぶきど)は「わかった」と手をひっこめた。そしてカーテンを示す。


「ここは病院よね?」


 津賀留(つがる)が「はい、病院の個室です」と答えたので驚いた。


「個室は料金高いんじゃ? 労災はどうなってる?」


 津賀留(つがる)は首を傾げて「ろうさい?」と聞き返すので、息吹戸(いぶきど)は「うん別に」と誤魔化した。


「医療費はアメミット側が負担してくれるそうです。あとご安心ください。ここはカミナシ優先の病院です。息吹戸(いぶきど)さんのカルテは他に流せませんので治療について不備はないと思います」


(他に流せないって、極秘人物扱い……)

 

 この場合は隠蔽かもしれないが、なにやらVIPになった気分である。


「あとヒュドラ送還から半日ほど経過しています。従僕(じゅうぼく)の捕獲も完了して任務は終わりました」


(結構寝てたんだ。たっぷり寝たから体がすっきりしてる)


 息吹戸(いぶきど)は金庫の中にあったリアンウォッチを手首に着けていると、「失礼します」と断りを入れてカーテンが開いた。看護婦である。目が合うと、看護師は踵を返して病室から出て行った。

 なにかやったのかと思ったが、数分後に中年女性の医師がやってきた。看護師は呼びに行っただけのようである。


「目が覚めた? ちょっと診せてもらってもいい?」


 診察の結果、大きな怪我はなく、目と鼻の毛細血管はすでに塞がっているので、これ以上の処置はないそうだ。

 医師は「明日退院ね」と言い残して去って行った。


読んで頂き有難うございました。

更新は日曜日と水曜日の週二回です。

面白かったらまた読みに来てください。

物語が好みでしたら、何か反応して頂けると励みになります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 日曜日と水曜日毎日通います(まいにち?) 楽しいです
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