第6話 絡まれて弊害
『私』は通路の先をみる。ゾンビが通路のディスプレイ、否、障害物のようにわらわらと立っていた。数えるだけで十体を越えている。
これは男性と追いかけっこによる弊害である。
声と音に引き寄せられたゾンビがトラップとして立ち憚っている。勿論、後ろからも追いかけてくるので前後ゾンビに挟まれた状態だ。相当な数なので立ち止まれば男性ともどもジ・エンドを迎える事になるだろう。
危機的状況の場面であるが、『私』と男性の身体能力が並外れているため、ゾンビに追いつかれないことはもとより、前方にいるゾンビを軽々と追い抜いていく。
まさに無敵モード。これをみている者がいれば、無駄のないテンポの良い動きに心地よさを覚えるであろう。
「うわー。こんなに大所帯に! ゴールはどこですかー!?」
あちこちにいるゾンビを引き連れて走る光景は、もはやゾンビを交えた室内マラソン大会であった。
それに気づいた『私』は微苦笑しながら声を弾ませた。
「こんな面白い光景、ヤンキーお兄さんがゾンビ呼んじゃったせいだからねー!」
男性はここで初めて後ろを見てから、慌てる様子も見せずため息を吐いた。
「だからどうした、ゾンビくらいさっさと倒せばいいだろうが!」
「それができれば苦労しない!」
「はあ!?」
予想外の言葉を聞いて、男性は呆れたような声をあげた。
「何を言って?」
男性が不思議そうに聞き返すが、『私』は通路の先に出来ているゾンビ数体で作られたディフェンスをみて目を丸くした。
ゾンビは仁王立ちをして手を横に広げている。後から人間が来ているなら待ち伏せすればいいと考えたようだ。ゾンビらしくない統率のとれた動きである。『私』はつい「やっば」と笑ってしまった。
「頭の良いゾンビがいる! 突っ込むとやばいので……っ!」
『私』は咄嗟に壁を蹴り、三角飛びでディフェンスを追い越した。
「追い越せた! やればできると思ってたけど感動!」
本日何度目かの感動である。
『私』はストンと綺麗に着地する。全身がバネのようにしなり着地の衝撃をほとんど感じなかった。
ディフェンスを越えた先のゾンビはまばらである。『私』は再び走り出した。
男性はゾンビのディフェンスに体ごと突っ込んでゾンビの頭部に手を当てる。
「邪魔だあああああ!」
ゴッ、と鈍い音がして、ゾンビの頭が破裂した。
ゴッ! ゴッ! ゴッ!
男性の手が触れたゾンビの頭が次々と破裂していく。
赤い塗料の入った水風船を針で割ったように、豪快な飛沫が周囲に激しく飛び散るが、男性の体にゾンビの返り血はかからない。彼は涼しい顔をして崩れ落ちるゾンビたちの横を通り過ぎた。
(なななななな! なんたる強者!?)
その光景を見た『私』は、感激しつつ興奮した。
小さく拍手をして男性にエールを送ったが、男性は追ってくるゾンビに睨みを利かせているので気づいていない。
「後ろも邪魔だ!」
男性は後方に手を振りかざす。
キィン、と空気が捻じれた音がすると、後ろを走っていた数体のゾンビが鼻から上下に切断された。
『私』の目には風の刃が一直線に、矢のように流れていく光景がみえる。
(なんだあれええええええ! すごいいいいいい!)
『私』は再び興奮した。
現実では起こらない特殊攻撃を目の当たりにして感動が抑えきれず、両手を握りながらその場で軽くピョンピョン飛び跳ねた。
(ここは特殊技能持ちがいる世界だ! 異能ってやつなのか、超能力ってやつなのか、それとも魔術なのか! あああ設定細かそう! これは探索し甲斐がある! 目覚まし鳴らないで、物語の続きが気になる!)
『私』はキラキラした熱い視線で男性を見つめると、目が合った。その瞬間、男性は顔を真っ青に変え少し身震いしながらピタリと立ち止まる。死を運ぶ獣に出会ったようなリアクションであった。
(そうだ! この人と一緒なら、最短でミッションクリア出来るかも! 頼れるのは力ある臨時の仲間だもんね!)
『私』は名案が浮かんだとばかりに、ぽん、と手を打った。
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