第57話 打てば響く東護
作戦会議が始まって間もなく、息吹戸は飽きた。
飛び交う言葉は略語が多く、日常の常識すら分かっていない彼女にとっては、暗号文を聞いているのと何ら変わらない状態である。
気分転換にテントの外を散歩しようと動いたら、東護から「話し合いが終わるまで決して動くな。そこで待ってろ」と止められてしまい、ついでに「戦う前にトラブルを起こすな」と棘を吐かれた。
というわけで、会議に参加せず、テントの端っこに移動してのんびりとパイプ椅子に座っていた。
椅子はアメミット隊員が容易したものでふかふかのクッション付きである。更には暖かい紅茶のペットボトルを恭しく差し出され、寒すぎないかと気を使われた。まさに至れる尽くせりである。
会議に参加しなくても誰も注意してこないのを考えれば、息吹戸はもともと会議に参加する人間ではなかったのだろう。東護がわざわざ釘を刺したのも、気が付けばすぐに姿を消していたと考えられる。
(息吹戸ってほんとにって好き勝手やってたんだな。今はそれに助けられている気がするけど……)
息吹戸は会議が終わるまでヒュドラの写真を眺めて暇を潰すことにした。
テーブルにあった数枚の写真を取りに行って、椅子に座り直す。
(ボス級キャラって初見殺しだから、一度ぶつかってみないと対策難しかったりするんだよね)
ゲームであれば試しに戦いを挑んでみるということが出来るが、現実だとそうはいかない。初見でも生き残らなければならずシビアである。
(でも本当にこんな生き物がやってくるんだ。こんなのが毎回出現したら死活問題だし、世界滅亡だ。だから情報を集めて確実に倒せる作戦を練るんだろうね。ほんと大変な仕事。もしかして某怪獣映画もリアルだったらこんな状態になるのかな? 面白いねぇ)
怪獣映画を思い浮かべる。あれが現実で起こればおそらく半年も経たないうちに人類は滅亡するだろうと、口元がにやける。
物思いにふけりながら写真を眺めていたら、「息吹戸」と東護に呼ばれた。
写真を見るのをやめて顔をあげると、東護が煩わしそうに眉を潜めながら目の前に立っている。
「天に還す儀式は覚えているか?」
「なにそれ」
「話にならない。忘れろ」
東護は鼻で笑いながら侮蔑した態度を示す。
聞いといてそれはない。と息吹戸は少しだけ不満を現した。
「いや。気になるから教えてよ」
東護は黙殺した。
(性格悪いなぁ。こうなったら)
息吹戸は質問の方法を変える。
「魔法陣を壊すの?」
東護に睨まれた。
「考えてから発言をしてくれ。壊せば不完全でも儀式が完了したことになる。これは常識だ」
(よし! この人は間違った認識を放置せず相手に教えて優越感を覚える、クソ真面目教師タイプだ! オウム返しや曖昧はスルーするけど、間違いは訂正しないと気が済まない。こーいうキャラは求める答えじゃないと仲間フラグや恋愛フラグ立たなくて面倒なんだよな。とはいえ、こーいうタイプは現実では案外使いやすい)
「貴様の愚図な思考は滑稽だな。威勢すらも失ったとなればもやは木偶の坊だ。任務を遂行できるか怪しい。死ぬなら一矢報いるくらいはしろ」
東護からちくちくと嫌味が飛んでくる。
好かれていたなら兎も角、元々嫌われているので皮肉めいた言い方ぐらいすると息吹戸は気にもしない。そればかりか薄く口角をあげて機嫌の良さを表した。
一般常識や術に関する知識を把握していないため、些細な情報も歓迎すべきことである。
「ほうほう。壊せば確定ってことなんだ。ありがとう。一つ覚えた」
息吹戸は楽観的に答えながらしっかり礼を述べる。相手によって感謝も皮肉のように受け止められるからだ。揺さぶりというわけではないが、ちょっとした意地悪である。
「……」
東護は無表情であったが、面食らって毒気を抜かれている。
こちらが軽蔑や蔑視をしても、怒鳴ったり暴力を振るうことなく至って常識的な反応が返ってきた。今までの事を考えればあり得ないの一言に尽きる。
本当に息吹戸なのかと疑念がつきまとうため何度か探ってみたが、性格と知識以外に違和感がない。
それこそ、記憶喪失と言われればそれまでだ。
東護は疑惑の眼差しを向ける。
それは射殺すほど敵意が含まれていたが、息吹戸は全く気づいておらず、東護は目つきが悪いんだという軽い印象を与えるだけであった。
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