第56話 多分ドン引きされた
余りの静けさに、息吹戸は不安を胸に抱きながらゆっくりと全員の顔を見渡した。
彼らは目を丸くしたり、身を乗り出していたり、両眉をあげて口を開けていたりなど愕然としている。
何故そこまで驚いているのか理解できなかったが、弾丸トークに呆れたのだろうと予想をつけて、
「好きな話だったからつい。語ってしまった」
と言い訳する。
しかし誰も声を発しない。
状況を考えろと非難するような視線が体にビシビシと突き刺さる。ドン引きされただろうなと、口の中に苦いモノを感じて、息吹戸は口をきゅっと一文字にした。
「貴様は、中央の首が不死だと知っているのか?」
東護は疑惑の眼差しを向けたまま、そう切り出した。
息吹戸は「そだよ」と頷くと、彼は立て続けに質問を投げかける。
「全身が不死ではなく、中央の首だけが不死。だとすれば、他の八つの首は切れば死ぬのか?」
「傷口焼けば再生しないって伝わってる」
「ヒュドラの毒は息と体液であれば、噛みつくだけでなく、空気に毒をまき散らしていく戦法も取るのか?」
「神話にそう書いてあるね。勿論、噛みつかれたら一巻の終わりだとおもうけど」
「……」
東護は信じられない気持ちを抱きつつ、黙った。
ヒュドラの情報がこんな形で手に入るとは予想もしていなかったが、彼女を信じるべきか迷う。
「神話って……往古の事実ってことか。すげぇな。カミナシの管理している情報も馬鹿に出来ない」
祠堂は感心した様に頭を振った。
東護は何とも言えない表情を浮かべるが、否定はしなかった。情報の真偽は今やるべきことではないと判断したのである。例え間違っていたとしても事前に防御できる幅が広がる。
それよりも『噛まれたら毒に冒される』ことしか考えなかったことこそが失態だと、東護は小さくため息をついた。
「ファウストの現身。このヒュドラをどうみる?」
と祠堂に問いかけられたが、息吹戸は意味が分からないと瞬きをした。
「どうみるとは? 姿かたちのこと? 普通だよね」
津賀留と雨下野が「普通って……」と異口同音に呟いた。
こんなビジュアルが普通であるわけがない。というセリフは口の中に溶かしている。
「頭も蛇だけだし、動きも蛇そのものじゃないかな? あの図体だと木々が邪魔をして素早い動きは出来なさそう。逆に木々がなぎ倒されてしまったら、素早くなるかもだけど」
「頭が蛇じゃないやつもいるのか?」
祠堂の素朴な疑問に息吹戸はやっべと内心毒づいた。
あれは神話でもジャンル違いだ。可能性はゼロと判断すべきだと考え「いない」と答える。すると祠堂から何か言いたそうな目が向けられた。どうしたのか聞き返すと、祠堂はぎょっとしたように体を後ろにそらした。
「いやその、ほら……ヒュドラについて言いたいこととか、あるかなと思ったんだが」
普段であれば作戦の粗を探すべく細かい指摘をする息吹戸であるが、今日はやけにおとなしいと、祠堂やアメミット隊員が気味悪がる。
別の意味で恐怖を感じている彼らを眺めつつ、息吹戸はやっとヒュドラの情報を全部出せと言っていることに気づいた。だったら最初からそう言えばいいのにと内心毒づく。
両手を組みながら脳味噌をフル回転させて、戦闘になった際の予測イメージを浮かべた。
「一応、火はヒュドラの弱点に分類されるから、森の中で火を吹く可能性は五分かな。でもポイズンブレスは確実に吐くと思う。注意を引きつけるにしろ、攻撃するにしろ、毒を無効化しないと何もできない」
祠堂は表情を明るくして「なるほど」と頷く。
「まずはそこからか。噛むではなく息。ポイズンブレスに対処すれば、任務遂行できる可能性があるってことだな。環境異常緩和の術を何重かかければ問題ないはずだ。どうだ雨下野」
雨下野が考えるように目を伏せた後、ゆっくりと縦に首を動かした。
「はい問題ありません。作戦にあたるメンバー全員に術を施します。念のために体内に入った場合の毒耐性もあげておきます」
「よし。その方向で作戦を練り直そう」
祠堂の明るい声を皮切りに再び作戦会議が始まった。
どの術をどの範囲までかけるか。逃走した場合の包囲網。結界方法。攻撃対処など細かい話し合いが行われる。
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