第55話 オタクの早口
アメミット隊員たちは戦々恐々としながらも、主戦力たちを必死で落ち着かせようとしている。
場の空気はヒュドラへの緊張感と二人から発する不穏な気配により、緊迫感が無駄に高まっていた。
津賀留は恐怖を覚え「ひっ」と声を出すが、雨下野と息吹戸は呆れたような眼差しを向けた。
「仲良くお話している最中に失礼します。お二人を連れてきました」
雨下野がひどく冷たい声色を発すると、祠堂と東護は初めて口を閉ざし、入り口に視線を向けた。
「おう。ご苦労さん」
祠堂が何事もなかったかのように雨下野に声をかけると、隊員たちがあからさまにホッと安堵の息を吐いた。
雨下野は息吹戸たちにテーブルの近くに行くよう促しながら、祠堂に「首尾は如何でしたか?」と尋ねた。祠堂は面倒なことがあると言わんばかりに肩をすくめる。
「民家に降りているのは従僕だけだ。ヒュドラは魔法陣の周囲を離れようとしない。降臨の儀が途中で失敗している可能性がある」
雨下野は「そうですか」と頷きながら祠堂の横に立った。
東護が津賀留に「遅かったな」と声をかける。息吹戸には一切目もくれない。
津賀留は焦るように東護と息吹戸を交互に見て、申し訳なさそうに眉を下げながら「はい」と返事をした。
(ありゃ。無視されたー。仲悪いから当然だね)
息吹戸は全く気にしなかった。今は東護よりもヒュドラの動向が気になる。
「ねえ。降臨の儀が失敗しているって、なんでそう思うの?」
祠堂が顔を引きつらせて「はあ? そりゃ」と口を開いたが、東護がそれを遮った。
「禍神が魔法陣から離れていないということは、まだ異世界と体が繋がっている証拠だ」
「なるほど。本来なら自由に場所を移動できるのに、魔法陣の影響内にいるから儀式が中途半端に失敗しているって言いたいんですね」
「このくらいは常識だ。覚えておけ」
東護は侮辱するような態度をするが、息吹戸は「ふむ」と頷いて、胸の前で腕を組んだ。
「つまり魔法陣は世界と世界を繋ぐ通路ってこと。通路が開いている今なら、ヒュドラを元の世界に還すことが出来るってことですね」
東護は面白くなさそうに口をへの字にした。
いつもの息吹戸なら怒り出すのだが、素直に受け止められてしまい多少の肩透かしを食らう。
「……そうだ。魔法陣がまだ機能しているのであれば討伐ではなく、還ってもらうことも可能だ」
「私は還ってもらうほうがいいと思うな。中央の首だけ不死だし。山乗っけないと倒せないから面倒だと思う」
息吹戸が当然のように言い放つと全員が目を見開いた。
「ん? どうしたの?」
妙な空気になったと気づいて息吹戸は首を傾げる。
それもそのはず、ここにいる全員は初めてヒュドラに対処するからだ。
菩総日神が記した禍神本を照合して、禍神がヒュドラであると判明した。
三五〇年前と四六〇年前に天路国に降臨。
戦闘の記録が残っているものの、ヒュドラの全容に関しては『九つ頭の巨大な蛇は不死と毒をもつ』としか書かれていない。
討伐内容は『首の再生及び毒により部隊が全滅したため、菩総日神様が手を下しヒュドラを退散させた』としか書かれておらず、書記をした者は『菩総日神様のお言葉を記録した』と記されている。
つまりヒュドラの討伐方法はもとより、攻撃作戦や対策すら記されていなかった。
部隊が全滅したことにより情報が消滅したため、彼らはヒュドラについて殆ど知らない。
毒がどう使われるのか、どこが不死なのか、名しか知らない彼らには詳細な部分を把握できてない。
それにも関わらず息吹戸は『中央の首が不死』だと言い切った。常識と言わんばかりの力強い言葉だったので周りに衝撃が走るのは当然である。
息吹戸は周囲の心情なんてお構いなしにヒュドラの説明を続ける。
モンスター大好きな彼女にとって心躍る話題だ。
「不死の首も厄介だけど再生能力も厄介だよね。他の首も切れるけど、焼き斬らないと新しい首が生えてきて、無限首増殖。普通に再生能力高い。一説には百本でてきたとか。見てみたいね! 再生能力が高すぎたから、結局は岩山の下敷きにして再生能力そのものを封じたみたい。あと厄介なのは猛毒。吐息にすら毒が含まれているから人間が吸っただけで即死らしいよ。あと、ヒュドラが寝た後とか猛毒が染みこんでるんだって。それ知らなくて通った人間がバタバタ死んだそうだよ。だとすると、通った後も毒まみれってことだよね。もう大気汚染と土壌汚染レベルになるよね!? だって胆のうの血を矢に塗って敵を倒せるくらいだったから血も毒。だとすると、汗とか全身毒まみれってことになるはず」
前半は神話の知識を。
「だからポイズンブレスは絶対ある。あ、ファイアブレスも吐くかな。たまにアイスブレスも吐く個体もいたけど今回はどうだろう。神話に沿うなら定番かな。毒と火。これを無効化すれば直接攻撃でバシバシできるはず。どこがダメージ与えやすかったかな。やっぱり首を中心かな。そうそう姿形も結構種類あってさぁ。神話では蛇の姿で描かれてるけど、私は翼と手足の竜タイプの方が好みかな」
後半はゲームで敵モンスターとしての知識を。
「神話では中央の首を潰して封印するしか手が無いって書かれていたね。まぁ再生する頭を常に潰し続けてておけば死んでることになる。一応殺せるっちゃー殺せるよね! ここからは独自の考えだけど、ヒュドラの頭って多いじゃん。命令系統がいくつもばらけてるはずだよね! タコの足みたい脳も三つくらいあるんじゃないかな! いや三つじゃすくないかな。もっとあるかも。一度解剖してみたいね」
興奮を乗せた早口が終わると、あたりがシンと静まり返っていた。
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