第53話 がっかり津賀留
息吹戸はロッジテントを見上げてから、津賀留に振り返る。
「テントの中に入って荷物を置かせてもらおう」
「そう、ですね。はい」
津賀留は歯切れを悪くしながら頷いた。明らかに落胆しておりがっくと肩を落としている。
「あ、そうだ。雨下野ちゃん」
息吹戸はテントの入り口を開けようとして手を止め、雨下野に振り返る。
「……なんでしょうか?」
雨下野はビクッと肩を揺らして背筋を伸ばした。表情が少し引きつっているが平静を保っている。
「このテントは東護さんひっくるめてカミナシが使うもの? それとも女子だけが使うテント?」
それを聞いた東護があからさまに嫌そうな顔をした。
「女性専用テントです。私もそこで寝ています。東護さんは道路を挟んだ反対側の男性専用テントにご案内します」
「それなら良かった」
息吹戸はホッと胸をなでおろす。
万が一でも東護と一緒なら、追い出す計画をたてるところであった。
「当然です。怪我や避難などの緊急時以外は一緒にしません」
間違いがあるといけませんから。と雨下野は舌の上で転がした。
「じゃあ東護さんまた後で」
息吹戸は挨拶のつもりで片手を上げるが、東護は腕を組んだまま不機嫌マッハオーラを送ってきた。あれが返事だろうと思い、息吹戸はテントの出入口の布をめくって、暖簾の下をくぐるように入った。
「おじゃましまーす」
ロッジテントの中は十台の簡易ベッドが狭い間隔で並べられおり、手すりの突起に荷物が引っかかっている。
天上に五つほどランプが吊るされて灯があるが、光源が足りず薄暗い。
地面に直接設置されているので土のにおいが強く、暖を取る用の四角い薪ストーブの煙突から細い煙が出るが、窓が開いており換気がしっかりされているため息苦しくはなかった。
女性のアメミット隊員が二名、服を着こんだままベッドで寝ころんで休んでいる。
(ベッドがある!)
寝袋で寝ると思い込んでいた息吹戸は、予想よりもいい環境に両手を合わせて喜びを表した。
(こうしてみると、アメミットって警察っていうよりも自衛隊に近いのかも。取り締まるのが人間じゃなくて、異界から来るモノだけど)
「テント……はあ」
津賀留が後ろから入ってきた。
テントをぐるっと見渡して、その殺風景と味気無さに一層落胆してしまった。
息吹戸は腰に手を当てて周囲を見渡す。荷物が置かれていないベッドもあるが、本当に空きがなのか分からない。
「どこのベッドを借りたらいいのか聞けばよかったな」
「そう、ですね……」
「ほら。荷物なくて使っているかもしれない」
「そう、ですね……」
「津賀留ちゃんってば」
歯切れの悪い津賀留を見ながら息吹戸は苦笑いする。
彼女は移動中に『綺麗な宿に泊まって、大きな湯船にのんびりつかって、ふかふかな布団で眠る』ことを語り、とても楽しみにしていた。なのに実際はテント泊である。入浴も期待できないとなるとテンションが駄々下がりとなってしまった。
「すみません。勝手に期待したのが駄目だったんですが。あまりにも落差が激しくて……」
「仕事だから割り切ろうね」
息吹戸が窘めると、津賀留が驚いて目を見開いた。
「ま、まさか、息吹戸さんにそう言われる日が来るなんて」
「んん?」
「いつもなら真っ先に『こんなとこで寝泊まりなんて嫌!』と喧嘩したり、暴れたり、何かしらひと悶着あります」
「あ、ははははは……」
息吹戸は空笑いする。雨下野から再度念押しされた理由がよくわかった。
(なるほど。息吹戸瑠璃は外でも相当な問題児なのか。不具合も仕事だって割り切れば大丈夫なのに。中身は子供なんだね。いや、私が柔軟性ありすぎなのかな? まぁいいか)
息吹戸は津賀留の肩をポンポンと優しく叩いた。
「仕事終わったら大浴場に寄ってゆっくり浸かろう。そして美味しいご飯食べに行こう。それでいい?」
津賀留がぱぁっと表情を明るくさせて、何度も強く頷いた。
「はい! それがいいです! 約束ですよ息吹戸さん!」
バッ、と気配が動いた。
息吹戸が視線を向けると、寝ていた二人の女性が上半身を起こしてこちらを見ていた。彼女たちは驚愕な表情のまま固まっていたが、みるみるうちに恐怖で顔を歪ませた。
(あっちゃ。津賀留ちゃんの声で起こしちゃったか)
息吹戸は左手で側頭部を掻きながら、「丁度いいや」と声を出す。
「お休みの所申し訳ないけど、空いているベッドを教えて。出来れば二人分」
隊員たちは声のない悲鳴を上げて腰を浮かせてベッドから降りようとする。息吹戸は申し訳ない気持ちから「そのままで」と声をかけた。隊員たちはピタリと動きを止めて、ベッドの上で正座すると頭を下げ「ご足労ありがとございます」と震えながら挨拶をする。
「どうも。それで空いているベッドを教えてほしいんだけど」
「あ、あちらと、こちらが……隣り合わせがいいですね!」
「すぐに荷物を移動させます! 暖かいのは中央なので、そこへ!」
隊員たちは素早く立ち上がると置いてあった荷物を別のベッドに移動させ、布団の皺を伸ばして、周囲のゴミをかき集めて綺麗な状態に直すと、ピシっと背筋を伸ばして直立した。
「どうぞお使いください!」
息吹戸が目を細めて「ありがとう」と礼を述べると、彼女たちははぁと小さく細く息を吐いて、生存を喜ぶように天を仰いだ。
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