第52話 宿ではなくテントになった
道の途中のひらけた場所に細長いロッジテントが等間隔で設置されていた。道路の両脇に等間隔に並んでいるためキャンプ場施設のようである。
この辺りは人が多く行き交っており、皆、紺色に白が混ざったジャケットを着て、左腕にアメミットの腕章をつけていた。性別比率は男性がやや多い印象で、年齢は二十から四十代がメインである。
道路の向こう側に背の高い伸縮型ゲートが置かれ、赤い封鎖テープが巻かれていた。テープの文字は『KEEPOUT』ではなく、梵字に似た模様と楔形に似た文字で書かれている。
(一個一個切りわけたら護符っぽく見える。ってことは、結界なのかも)
息吹戸は興味を惹かれたが、雨下野たちが左へ逸れたので慌てて追った。
「ここが作戦会議用のテントです」
雨下野は立ち止まると一つのロッジテントを示した。その仕草はバスガイドのように手慣れている。
息吹戸はテントの出入り口に紋章をみて「なるほど」と呟いた。
(この絵。ああ、アメミットってこーいう意味の)
描かれている紋章は『頭がワニ、上半身が獅子、下半身がカバ』である。
死者を裁くエジプト神話の幻獣アメミット。
貪り食うものという意味をもち、転生前の裁判で、秤にかけられた真実の羽根よりも重かった死者の魂を喰らうとされている。
(禍神や従僕はこの地の転生を許さない。ってことか)
息吹戸は良い縁担ぎだなと感心した。
「祠堂さんは偵察に向かいましたのでしばらく戻ってきません。まずは休憩場所をご案内しますので、荷物を置かれてしばしお寛ぎください」
津賀留が「え!?」と驚きの声を上げて、雨下野を不安そうに見つめる。
何を隠そう、宿を取れたと連絡をくれたのは彼女だったからだ。
雨下野は眉を下げながら、薄く笑みを浮かべる。
「申し訳ございません。宿をご用意していたのですが事態が急変しまして。町民全員避難を最優先としたため、ご用意していた宿が使用不可になりました。今夜はここで夜を明かしてほしいかと」
津賀留が「そっかぁ」と残念そうに声をあげ、東護は「分かった」と軽く頷いた。
「申し訳ありませんが、今日の所は我慢してください」
雨下野は息吹戸に謝罪する。
しかしその顔は全然謝っているようには見えず、文句があるなら受けて立つという気迫があった。
「いいよ」
息吹戸が素直に了承すると、雨下野は出鼻をくじかれたかのように目を丸くして「え?」と間が抜けた声を出す。
東護は変な顔をして閉口し、津賀留は石化したかのように硬直した。
「非常事態なんだから別に。雨風凌げるなら贅沢は言わない」
雨下野は耳を疑った。交渉成功のはずなのにうすら寒くなるのは何故だろうと嫌な汗をかく。
「……はい、ありがと、うございます」
変な空気が流れたため、息吹戸は三人を交互に見ながら「?」と首を傾げる。理由を聞きたいと思い視線を合わせようとするが、誰もが――津賀留さえ視線を拒んだ。これは聞くべきではないと判断して、話を変える。
「じゃあ、ヒュドラミッションでどんな事をするのか教えてほしいな」
「どんなこと……作戦内容でしょうか? 祠堂さ……現場責任者が居ないところで話すことはできません。彼の帰還まで待ってください」
祠堂の名を聞いて攻撃を仕掛けないだろうかと雨下野は警戒するが、息吹戸は彼女の身長に合わせるように軽く前に屈んだ。
「それは残念。なら後で教えてね雨下野ちゃん」
雨下野はパチパチと瞬きをして「雨下野ちゃん?」と復唱する。
自分の名前なのに違和感しかない。見下されたのかと邪推したが、息吹戸から邪念は感じられず、純粋に呼ばれただけだと気づいて恐怖を覚えた。
「でも少しぐらいは知りたい。住民全員避難してるなら町の中を従僕が闊歩しているってこと? それともヒュドラが町を闊歩しているのかな? そのくらいは教えてほしい! ダメかな?」
息吹戸はどんな怪物がいるのか気になって仕方がない。好奇心丸出しにすると、雨下野は顔を引きつらせながら数歩下がった。
「祠堂さんが戻ってきたら詳しくお話します」
「よし、待とう」
息吹戸は背筋を伸ばして目を細め、にたり、と黒い笑顔を浮かべた。
「は、はい。では休憩テントにご案内します……」
雨下野は動揺を押えつつ歩き始めた。
いつもと雰囲気が違うが、底知れぬ威圧はより一層強くなっていると感じてしまい、緊張を取るためにゆっくりと息を吐いた。
息吹戸は雨下野の後ろを歩きながら周囲を見渡しつつ、険しい表情で動いている隊員の顔を一人ひとり眺めた。
(大規模。これがアメミットなんだ。全員が特殊能力持ってるんだよね! 神の子孫っていうくらいだから、禍神と戦う力は一般的な能力なのかも! うふふふふ! 楽しいなんて不謹慎だよね! でも楽しい!)
好奇心を刺激されてウキウキである。無表情にしようと頑張ってみるも口元がニヤニヤしてしていた。
息吹戸の顔を目撃したアメミット隊員は即座に下を向き、絶対に目を合わせようとしない。遠くから見ている隊員たちは恐怖と畏怖が混じった目をして恐々眺めている。
雨下野は道路から逸れる。そこには一番大きなロッジテントがあった。
到着するとこちらに向き直り、手で示す。
「ここです」
息吹戸はロッジテントを見上げた。年季は入っているようだが綺麗に掃除されている印象を持つ。
(野営キャンプとしては悪くないね)
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