第50話 現場に到着
次の日、電車とバスを乗り継いで山間の町に到着した。
錆びが浮かんだ無人バス停から降りると、バスは前方にある空き地スペースに向かい、Uターンして対向車線に移動すると走り去っていった。
「さっむ」
肌寒い風が息吹戸の体を通り抜けた。厚手のカミナシジャケットを羽織っているとはいえ、スーツではやや寒く感じてしまい軽く身震いする。
一見すると軽装であるが、様々な術式が組み込まれている戦闘防護服である。目立たぬようスーツの形で作られているため、常日頃から着ている職員も多かった。
(それにしても、遠かった……)
息吹戸は景色を眺める。眼鏡のレンズになだらかな裾の広がっている山々が映り込み、山の谷間に太陽が沈み始めていた。
朝早く出発したが到着したのは夕方である。車移動であれば二時間弱は短縮できただろうが、依然として遠方という印象は否めない。
固まった体をほぐそうと背伸びをしたところで、津賀留も倣うように背を伸ばした。
「疲れましたね」
「疲れたね」
互いに顔を見合わせて和んでいると、
「呑気に喋るな。早く行くぞ」
東護はリアンウォッチで地図を確認すると、非難めいた表情で先に進んだ。
結局のところ、彼も公共交通機関を選んだ。
本当は一人で行くつもりだったが、土地勘に疎い津賀留と痴呆老人のような息吹戸だけでは、現場に辿りつけなくなる可能性があると思い立ったからだ。
任務に支障がでることだけは避けなければならないため、不本意ながら同行してきたのである。
バスがUターンした空き地を通り抜けて、道路の向こう側へ向かった東護を見て、息吹戸と津賀留はその後を追った。
歩くこと十分、道路のど真ん中に女性が直立姿勢で立っていた。
年齢は二十歳後半ほど。中肉中背で背は低く、津賀留くらいの背丈である。
艶やかなモカベージュ色の長い髪がまず目に入る。目鼻立ちのきりっとした顔をしており、いくらか切れ上がったモカベージュ色の瞳をもつ。眼鏡の奥で悪戯が好きそうな目がキラリと光った。
紺色に白が混じったジャケットを羽織ったスーツ姿である。
彼女は三人を視界に入れると、丁寧に会釈をした。
「御足労感謝します。上梨卯槌の狛犬の皆さま」
「お久しぶりです雨下野さん」
津賀留がすぐに深々と会釈をするのを見て、息吹戸はやや間を空けてから小さな会釈を返した。
東護は見ているだけである。
「雨下野芽羽さんです。祠堂さんの相棒です」
津賀留はそっと息吹戸に説明する。
その横で東護が「現状を」と雨下野に促した。
「歩きながら経緯をお話します」
雨下野は後ろをむいて先導する。三人はその後ろに続いた。
「資料をお読みなっていると思いますので詳しい説明は省きます。船不町の住民は避難完了しましたので、明日の明け方から従僕の捕獲、及び禍神の討伐を同時に行います。皆さまは討伐の方へ加勢して頂くことになります」
「降臨の儀はどこで開かれた?」
東護があえて聞き返す。
資料に書かれている内容であるが、戦闘経過によって誤りと判明することがあるからだ。
「山の中腹にある平地で巨大な魔法陣を発見しています。禍神は降臨しておりドローンが数台叩き落とされました。これを見てください」
雨下野は胸ポケットから写真を取り出して東護に渡す。写真を見た彼の目がつりあがった。
「ヒュドラ。北側の異世界に属する神か」
「え! 見せて見せて!」
息吹戸は興味をガッツリ引かれ、東護に駆け寄った。
東護は鬱陶しそうに眉をしかめて写真を渡す。息吹戸は津賀留にも見えるように低めの位置に持った。
上空から取られた写真で九の頭をもつ黄金の蛇が映っている。
木の大きさから推測すると、高さ七メートル。長さ十メートル。胴回り五メートルだろう。
人間三人分幅の首が九本も生えているため胴体は壁のように太く、鱗がフラッシュに反射しているのか輝いていた。
「わぁヒュドラだ! 本物初めてみた! 顔かっこいいね!」
息吹戸はモンスターの生写真をみて、興奮を隠しきれなかった。
推しの写真を手に入れたかのようなはしゃぎっぷりを見て、その場にいた全員がなんとも言えない視線をむけて閉口する。
「いえ、怖いですよ……」
津賀留は顔色を青くさせ、瞳に剣呑な光を浮かばせて否定する。
雨下野と東護は津賀留に同意するように頷いた。
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