第42話 羽ばたく生首
話しが一区切りついたところで、ピーピー、とベランダから洗濯終了のお知らせが鳴った。
息吹戸は「あ」と声をあげて立ち上がると、ベランダへ向かう。
不思議そうに視線を投げた津賀留に振り返り、
「洗濯機済んだみたい。ちょっと服を干すから待ってて」
「え!? は、はい」
洗濯機を回していると驚いている津賀留をよそに、息吹戸はゴミを避けながらベランダに続く窓を開けた。砂で黒く汚れた屋外スリッパを履いてバルコニーに降り、横に設置されている洗濯機の蓋を開ける。
脱水した衣服を取り出そうとして
バサバサ。
と、羽ばたき音が真横で聞こえた。
何かが外壁の手すりに何か留まった気がする。
(こんな夜中に鳥かな?)
変わった鳥だと思いながら、顔を動かして手すりに停まるモノを見た。体が人間の頭部の形状をしており、異様に大きな耳が翼のように広がっている。
つまり、耳の大きな生首であった。
「きゃああああああああああああああああああ!」
息吹戸は驚きと気持ち悪さを体現するように雄叫びをあげながら、鋭い右ストレートを生首にぶちかます。
生首の鼻と口に拳がめり込んだ。そして打撃により鼻がへしゃぎ牙が数個もぎ取られ宙を舞ったのが、スローモーションで確認できた。
途端に生首の顔が凹んで反対側にボンと破裂すると、盛大に血しぶきをまき散らしながら地面に落下する。
「ぎゃあああああああああああああああああああああ!」
こちらは後悔の悲鳴である。
まさか穴が開くとは思わなかった的な、気持ち悪い虫を素手で殺してしまった的な、気持ち悪いという感情が込められている。
前回の悲鳴から五秒しか間があいておらず、通常の耳では長い一つの悲鳴として聞こえただろう。
「どうしました!?」
津賀留が血相を変えてベランダに駆け寄り、息吹戸に声をかける。
息吹戸は右手を触りながら、真っ青な顔で振り返った。
「生首が手すりに止まっていた。あれ殺してよかったのかな? 天然記念物だったらどうしよう」
「生首が!?」
津賀留は靴下のままベランダに降りて手すりの向こうを確認する。暗くて見えにくいが、確かに何かが落ちている。
「降りて確認します!」
津賀留が急いで玄関へ向かうので、息吹戸もその後を追った。
ベランダの裏手へ行くと、胴体、というか、顔面を破壊された生首がコンクリートに転がっていた。
険しい表情をした津賀留は持っていたビニール手袋をはめて、生首を持ちあげる。
「これは……異形の吸血鬼ですね」
「チョンチョン?」
「ええ。人間の頭部をもち耳を翼として空を飛ぶ生首で、夜行性の吸血鬼です」
「ああ。チョンチョンね」
息吹戸の脳裏に南米産のヴァンパイアが浮かぶ。
翼をはためかせて夜空を飛び回る。のは西洋の吸血蝙蝠と類似点があるが。
チョンチョンの外見はそれとは異様な姿をしている。
体全体が人間の頭部を形成し、異様に大きな耳で空を飛んでいるのが特徴だ。
夜間、病人のいる家の周囲を飛び回り、怪しい鳴き声を発するという。鳴き声は病人が死ぬ前兆と捉えられ、病人の魂とチョンチョンが格闘している証だと考えらている。
チョンチョンが勝利すると病人の体に入り込み、血を吸うと考えられていた。
一説には、彼らは人間の魔法使いとも言われており、チョンチョンの秘密を知ると頭部を体から分離させて飛べるようになるとか。
そこまで考えていると、津賀留が眉をひそめた。
「これは南の禍神が持ってきた伝染病の一種で、主に病人を襲います」
「これが伝染病? まさかこれが病原体なの?」
知っている病気とかけ離れているので実感はわかないが、津賀留が言うのならそうなのだと無理やり納得した。
そして別の視点で考えてみる。
(この世界に出てくる侵略者ってどう考えても神話の生物だよねえ。まあ、モンスターって言ったほうが早いだろうけど……モンスターと共存している世界かぁ)
「そうです……でもその説明は後でします。ほかにも居るかもしれません。探さないと」
津賀留が夜空を見渡す。
天路国における病気概念は、呪いによる遺伝子変異も含まれている。それを説明すると長くなるので追々話すことにした。
チュンチュンは伝染病である。一匹ではなく群れで行動することもあるため、見つけた場所から半径五〇〇メートルを地点をくまなく探す必要があった。
「吸血鬼の討伐はカミナシの管轄です。すぐに連絡をして吸血鬼が飛んでいないか見回ってみましょう。この付近で首のない死体があると思います」
息吹戸に異存ないため「分かった」と頷く。
「連絡の仕方は分かりますか?」
「やってみる!」
息吹戸は意気揚々に答えてリアンウォッチを触った。
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