第335話 酷いとおもいませんか?
仮室は着地して「ちっ!」と大きく舌打ちをする。
逃走を阻んだのは、原形をとどめないほどぐちゃぐちゃにしたはずの、鬼女と鬼であった。
彼らは不敵な笑みを浮かべて武器を構えている。その姿は服の乱れはおろか怪我の一つもなかった。
仮室は眉間にしわを寄せる。超回復か幻覚、そのどちらかだと想定して再び大きな舌打ちをした。荒魂と戦闘経験が乏しいため甘く算段してしまったようだ。
「ゴミが。私の足止めが目的か」
鬼と鬼女が口の端に笑みを浮かべて肯定する。
八つ裂きにしたい衝動が仮室に起こるものの、睨む程度に留めた。
巨大な力を蓄えた矢がすぐ傍まで迫っている。囮に気を取られている場合ではない。
「加護を!」
仮室は自らの体に防御術を展開した。
八角形がいくつも連なって盾となり全身を覆ったその直後、滝が落ちてきたような衝撃がやってくる。
それは雷の力を宿した破魔矢であった。
『ギャンアアアナナア!』
悪魔の絶叫がカエルの合掌のように重なり、瞬く間に矢が悪魔を溶かしていった。
「ひぃぃぃぃぃ!」
仮室は攻撃の威力に慄いた。
一瞬でも気を抜けば盾が破壊される。痛みを想像するだけで反撃の意志がしぼんでいき、ひたすら防御に専念した。
矢の雨は三十秒ほど降り注ぐと、辺りが静寂に包まれる。
「はぁ、はぁ」
仮室は荒い息をしながら、自身がまだ生存してることに安堵する。
周囲を見渡してみると、三か所を除いてコンクリートは粉々、魔法陣は砕かれて機能を停止している。悪魔に至っては影も形もない。
「一撃でこの傷跡……マジか」
鋭く息を呑む。
「や、やって、くれたな……次は……ぐっ! い、いたっ!」
攻撃に転じようとしたが、全身に広がる痛みに耐えかねてその場に膝をつく。
数本の矢が盾を貫通して肩と背中と腰に刺さっていた。血が体を伝って地面に滴り落ちている。
仮室は顔色を変えて、急いで矢を抜きにかかった。引っ張ると激痛が走るが、抜かなければどんな追い打ちを食らうか分かったものではない。
「いたい、いたい、いたい、いたいっ!」
肩が柔軟に動いて刺さった矢を勢いよく抜く。痛みで涙がボロボロ溢れるが、全て抜き、投げ捨てた。
そして間近にいる荒魂たちを見据える。
鬼女と鬼は仮室の結界を壊そうとあらん限り力で攻撃し続けていた。
ヒビが入るもののすぐに修復するので問題はないが、鬱陶しいことこの上ないと睨みつけた。
「はぁ、はぁ、ほんと、ゴミが這いまわって鬱陶しい。もうこれ捨てるとしても……玉谷に一太刀くらい傷を負わせなきゃ腹の虫が治まらないっ!」
怒りに渦巻いた目で玉谷を探すが、屋上にいるのは荒魂だけである。やはりこちらの攻撃範囲外にいると分かって盛大にイラっとした。
「ならば、あぶり出す。もっと広く深く世界をえぐってやる。後始末に追われて過労死しろ!」
嘲るような表情を浮かべて詠唱を唱える。
「崇拝する偉大なアスタロト様。貴方様の威厳を、その畏怖を、その神秘を掲げ」
仮室の足元から新たな巨大な魔法陣が浮かび上がった。
魔法陣は屋上からはみ出て鬼女の結界に衝突する。ギギギ……と鉄がこすれる音が響く。それは建物が崩落するような音のようであった。
結界と魔法陣の攻めぎ合いが起こる中、仮室の生気がみるみる失われミイラになっていく。自身を生贄にして新たな神を降臨させるつもりだ。
「何か召喚する気どすなぁ」
「そうだな。これでは盾まで力が巡らないだろう」
「ギリギリまで力を使わせましょ」
荒魂たちは武器を手に盾の破壊を続ける。
盾のヒビの修復が疎かになってきたところで、魔法陣に火が灯った。
――アアアアアア!
魔法陣がスピーカーの振動して、下からドンと突き上げるような衝撃波が発生した。
荒魂はまともに受けて弾き飛ばされ、十メートル以上の上に投げ出された。足首と膝の関節が変な方向に折れ曲がっている。
「ぐっ!」
「あと少しですのに!」
数秒ほど自由落下をすると、青い大鷲が飛んできて荒魂たちの肩を掴み、地面の落下を回避した。屋上に戻すためそのまま飛行する。
仮室はふっ飛ばされたのを見て「ざまぁ」と笑った。
あと二節で新たな神を引っ張り出すことができる。適当に引き寄せたので何がやってくるか分からないが、瘴気量を考えると二柱は確定である。
「力を誇示し…………!?」
世界に彼の者を通せと呼かける、そのタイミングで悪寒がして仮室はパッと後ろを振り向く。
数本の矢が、ほんの二メートルの距離まで迫っていた。
到達ポイントは顔と胴体だ。降臨の儀が完成する前に討ち殺されると察して、詠唱を中断してわが身を護った。
「加護を!」
八角形が連なった円形の盾が仮室を包み込む。
その瞬間、ガガガガ、と弾丸が当たるような音が響いた。
先ほどよりも威力が強く、瞬く間に盾がひび割れて崩れていく。構成するたびに破壊されるため盾の維持に集中してしまい降臨の詠唱ができない。
仮室の表情に強い焦りの色が浮かんだ。
「こんな重い一撃じゃなければ防御しながら召喚できるのに! 相変わらずなんなんだこの重さ! 私は戦闘系じゃないのにひどくない!? よってたかって虐めるなんて人のやることじゃないよね!? 隠れたまま攻撃するなんて卑怯じゃないか!」
「卑怯呼ばわりとは遺憾な発言だ」
上空から声が響いた。
仮室は反射的に見上げて、黒い大鷲に乗った人物に焦点を合わせたその瞬間、眉間に衝撃が走る。
「……あ」
矢が盾を貫通して額に埋まった。
続いて首を、胸を、肩を、腹部を、三十本もの矢が射抜く。
仮室は仰け反り、四肢を投げ出して、糸の切れた人形のように倒れた。
「ココを……ほぅひて……すうはひすふひだいな……お」
致命傷を受けながらも上から降りてくるソレを睨む。仮室の視線の先に、和弓を構えているカミナシジャケットを着た若い男性がいた。
オールバックの茶色い髪、太い眉にやや垂れた目があり鼻筋が通っている。きめ細やかな肌には皺ひとつない。優しそうな面持ちを打ち消すように憎悪が色が濃く浮かんでいる。
「……が、ふぃな、ふぇあ」
仮室は最後の悪あがきをするが、
「がふっ」
口と喉に矢が差し込まれた。
仮室はぴくぴくと痙攣する。もうこの体でできることはないと諦めて、さっさと絶命した。
「イハ・アーカーシャ!」
すぐさま鬼女が仮室を結界で包み込み、
「悪鬼封印」
鬼が悪鬼封印の術を施す。
大鷲に乗っていた若い男性――玉谷紫黄は二メートルの位置から飛び降りて屋上に立った。
足場の悪さをものともせず平地のように歩いて仮室の横に立つ。
「良い目を持つ部下がいる」
仮室の呟きを正確に読み取り、そう呟いた。
敵の沈黙を確認するとすぐにリアンウォッチを操作し、「目標沈黙。無力化成功」と数名に同時報告を行った。
読んで頂き有難うございました。
次回は8/10更新です
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