第316話 食べられません
グミを視た瞬間、背筋がゾッとして生理的嫌悪感が沸き上がる。
これは『超危険』だと、息吹戸の中で強い警報が鳴り響いた。
(こんな……放射能汚染物質のようなモノを、津賀留ちゃんが直接ポケットに入れているなんて…………。死ぬ、持っているだけでもこの子は死んでしまう。そんなものを…………)
ぐるぐるぐると思考が回転して、ゲンムトウビルに入る前に巻き戻った。
唐突に『私』の中から息吹戸瑠璃の輪郭が、留める間もなく、条件反射のように、浮かび上がる。
「……こんなモノがあの場で配られていただと?」
警戒を孕む唸り声を聞いた津賀留と加無木は、弾かれたように見る。
瑠璃は殺意を含んだどす黒い威圧を放っていた。
「ひっ!」と加無木が悲鳴を上げてゆっくりと後ずさり。
「い、息吹戸さん!?」と津賀留が真っ青になってグミを握りしめたまま硬直した。
「おい津賀留。見た目に騙されずに中身ちゃんと見ろっていつもいってんだろ。ソレは食い物じゃねぇ、クソの塊だ。握りしめるなアホが。耐性が少ないヤツは持っているだけで穢がつく。死ぬぞ。さっさと私に寄越せ」
瑠璃が津賀留の手からグミを抜き取る。そして嫌そうに顔を歪めた。
透明な小袋に『ムカデの脚をもち黒いブツブツ肌の大きなナメクジ』が密封されて蠢いている。明らかに人体に寄生して内部から食べる虫のような形であった。グミに擬態してまんまと人体に入り込んだのだろうと推測する。
「ハッ、ご丁寧に小袋が封印の役割を担っているか。これだけなら瘴気はほぼ外にでねぇや。ハッ、数十秒でも動いて損した」
瑠璃は鼻で笑って自嘲した。
「よく聞け津賀留。これが体内から転化した元凶だ。屍処の共同作業の賜物だぞ。やり口から推測すると、おそらく久井杉が材料調達、仮室が設計図ってところだ。クソ面倒くせぇあいつらつるむといっつも大惨事だ」
「いぶ、いぶきど、さん、元、元にもどっ」
津賀留が震える声で聞き返すと、瑠璃は射殺すような睨みを効かせた。
「これはどいつがばら撒いてた?」
「樹錬さんが…………グミを作成した、人で、だった、はずですっ!」
「そうか。そいつは燐木のクソババアで確定だ。いますぐグミを作った工場を調べろ。今回は大掛かりだ。ヘタをすれば屍処がもう一体、合計四体だ、制作に噛んでいる。お前の口から部長に伝えろ」
「息吹戸さん、が、伝えない、んですか……?」
「そうだ」
「な、何故ですか?」
「いないからな」
瑠璃の口調はキッパリとしていたが、どこか哀愁のようなものが加わっていた。
津賀留は引っかかりを覚える。しかし理由は分からない。
「部長は、帰ってきますからその時に、話しをしてください。息吹戸さんからの方が、説得力があります」
瑠璃が「ハッ」と鼻で嘲笑い、怒りの威圧を放った。
「ひゅ」
怒りが籠る威圧はいつものことであるが、津賀留は恐怖で涙目になった。ガタガタと体が震えてしまう。
「御免だ」
「し、しかし……」
「いないヤツが言えるわけない」
「あ、あの、ぶ、部長をいないヤツって言ったらマズイのでは? その、すぐに伝えたいなら通話とか、メールとかありますから……」
「おい! 何があった!?」
津賀留と会話しているうちに、威圧に反応して二課の職員がオフィスから通路に飛びだしてきた。瑠璃を見ると、いつものことかという表情になり、動向に注目しつつ冷静に防御術を張り始めた。
瑠璃は周囲を見渡してから、肩をすくめると、満足そうに目を細めた。
「まぁどうでもいいか。どうせこれは夢の一部だ。笑える。こんな夢があったとは驚きだな。はは、やばい、思った以上にくるものがある」
口の中で甘露のように「なぁ私の神よ」と言葉を溶かしながら、津賀留に向かって、ふっ、と口元だけ笑みを浮かる。
そしておもむろに、彼女の頭を乱暴に、叩くように撫でた。
「よし。気が済んだ。じゃあな」
「……え!?」
津賀留はきょとんとしながら見上げる。息吹戸から一切の表情が消えていた。突如として、何か大事なことを見落としたような気持ちになってしまい、きつく胸が締め付けらえる。
「息吹戸さん……?」
恐る恐る呼びかけると、息吹戸は瞬きを数回してから津賀留と視線を合わせた。その顔からは険が取れている。
「津賀留ちゃんはこれ食べてないよね?」
「え?」
「怒らないから正直に言いなさい。食べた?」
話しが元に戻った。
それに気づいた津賀留は、困惑しすぎて目が点になる。否、彼女だけではない、加無木も二課の職員も態度がころっと変わった息吹戸をみて目が点になっていた。
「食べた?」
息吹戸が怒気を放ちながら聞き返すと、津賀留は我に返りふるふると首を横に振る。
「息吹戸さんに差し上げようと思って食べませんでした!」
「そう。なら一安心ね」
息吹戸は胸を撫で下ろしてゆっくりと息を吐く。そして眉間にしわを寄せた。
(記憶が混濁した。天の啓示がボロっと口から出たような。無理すると崩れちゃうのに……いやそれは何もできないから後で良いか。最優先はコレ)
持っているグミを凝視する。今すぐ消滅させたいが証拠なのでぐっとこらえる。
(グミの解析をしてもらわないと。これは放置できないモノだからすぐに対策を練る必要がある。おそらく一部でコレが広まっている。ライブ観客以外に口にしている人もいるはず。回収とか身体検査とか色々やらないと。でもまずは解析……誰に頼めばいいのか)
玉谷と彫石がパッと浮かんだ。
玉谷は留守だと聞いた。ならば彫石である。一課オフィスにいるのではないかと思い、息吹戸は通路を引き返した。
速足で遠ざかるのを見た加無木が、「あ」と引き留めるように声を上げた。
「け、検査が先で……すが、どこへ」
おっかなびっくりで声が裏返っているが、どうしても己の任務を優先させたいようだ。
「一課のオフィス。緊急の用事ができたから検査は後回し」
息吹戸はキッパリと言い放って、一課のオフィスのドアを開けた。
「お、おつかれさまです!」
ファミレス席に見慣れない女性が座っている。どこにでも居るようなありふれた一般女性の容姿である。
「誰?」
息吹戸が怪訝そうに見据えると、女性はサッと立ち上がり直立不動になった。
「に、二課の木藤曖乃です! 一課が全員出払っていたので、小鳥課長からこちらで電話番をするように仰せつかっています! 緊急の連絡は入っておりません!」
「そっか。部長も彫石さんもいないのか」
息吹戸は困ったと眉間にしわを寄せた。
他に頼れそうな人物はいないだろうかと考えて……すぐに一木が浮かんだ。
(そうだ! こーいうときは開発部術式課だ! 一木さんに相談してあわよくばやってもらおう!)
我ながら良い案だと自画自賛していると、津賀留が追いついてきた。その後ろに加無木もいる。
「津賀留ちゃん。開発部術式課にいくよ」
「え? えええ!? わ!」
息吹戸は津賀留の腕を掴んで、引きずるように開発部術式課に向かった。
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次回は6/4更新です
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