第297話 章都復活
広場から少し離れた第一駐車場も、衝撃波を受け壊滅していた。
地面が陥没。殆どの車は吹っ飛んでいるか潰れている。
ほとんどの生き物が原形をとどめていない中で、一カ所だけ、従僕が積み上がり山になっている部分があった。
二十体以上が重なった巨大な肉塊、その先端がもそもそと揺れると、中からのっそりと息吹戸が這い出てきた。
髪は乱れ、ジャケットが単なる布切れになっており、スーツやウエストバックが従僕の血でベトベトになっている。
「うーん、最悪」
咆哮を見た瞬間、回避できないと察して考えた結果、倒した従僕を出来る限り集めて、その中に籠ることに決めた。
肉壁、この場合は肉のシェルターである。
威力を緩和できるか謎であるが、何もしないよりは遥かにマシだろう。
そしてなんとか耐えることができた。
肉を超えて届いた威力はジャケットが身代わりの役目を果たし、無傷で済んだ。
これを着ていなければ内臓にダメージを負っていたと予想できる。
(パパが絶対に着ていけって言った理由がわかった。これホントに防弾も防火も暴風もなんでも威力緩和する服なんだな。凄い技術)
感心しながら、手櫛で髪を整えて、ジャケットを脱ぎ捨てた。
(さて。どうなってるかな)
広場では祠堂が一人で戦っていた。
今にも倒れそうな印象を受けるが、同時に、まだまだ戦えそうとも思える。
(何だこの人、最後の最後まで戦いそう。すっごい根性)
ここまでくると清々しさを感じてしまい、息吹戸の口角が上がる。
(他の人は……結界の中に沢山いる)
インフォメーションに張られた結界に数十人いることが解った。
誰も出てくる気配がないのは、怪我の治療か、実力不足による傍観だろう。
おそらくは前者だと、息吹戸はため息をついた。
そして広場に視線を戻す。戦闘を見ていると体がウズウズしてきた。
(はー。楽しそう。混ざりに行きたいなぁ。今度は遠距離攻撃について勉強しなきゃ……)
「ん!?」
何かが猛スピードでやってきたので、パッと後ろを振り返る。
二頭の白龍が五メートル頭上を通り抜けた。
遅れて、ゴォウと音を立てて強い風圧がくる。
列車が至近距離で通り抜けたような感覚がして背中がヒヤッとした。
二頭の白龍は赤耳がいさいに突進しながら上空に上がっていく。シラスとウナギくらいの体格差はあるが、白龍は全く負けていなかった。
「よーお。来たんだな」
章都が空から降ってきて、息吹戸の近くに着地した。足が痺れてしまいちょっとだけうずくまって、やがて伸びをするように立ち上がる。
「よぉ。待たせたぜ」
「どっから降ってきた?」
息吹戸がジト目で聞き返すと、章都は白龍を指し示す。
「あの龍に乗ってたけどアンタに気づいて飛び降りた。いやぁ~呼び出してごめんな~、なんとか持ち直したぜ」
章都は左手を頭に添えて腰に手を当てて悪びれる様子もなく謝った。
彼女の肌は青白くて脂汗が額に浮かんでいる。危機は脱したが完全回復ではないようだが、それよりも別のことが気になった。
息吹戸は章都の胸元を示す。
「なんで胸全開なの? ブラ丸見えなんだけど」
章都はジャケットを腰に巻いた白シャツとズボンの姿である。
胸元のボタンは全て取り外されて、豊満な胸とピンクのブラが丸見えだった。
「これ? 汗でべたべたしてたから気持ち悪くってなあ。でもちゃんと肩に羽織ってるからいーだろ? 胸が見えても減るもんじゃない」
章都は胸の谷間に指を数本突っ込みケラケラと笑う。
本人がそれでいいなら良いかと、息吹戸はそれ以上何も言わなかった。その代わりに赤耳がいさいを指し示す。
「章都さんはあれと戦える?」
「もちろん。空を飛ぶやつは得意なのでね。むしろワタシがいかなきゃならないやつ」
章都はニカッと屈託のない笑みを浮かべるが、その瞳は怒りの色が灯っていた。
あれのせいで推しが三人ほど死んだのだ。心の中は怨みに満ちており実は平常心ではない。
「それなら安心です。私は上空だと手が出せないので任せます」
息吹戸が残念そうに言うと、章都は苦笑を浮かべた。
「そっか、白拍子はまだでてこないんだな。使えていたらワタシの汚名返上はできなかった。よしよしラッキー」
そう言いながら広場に向かおうとするので、息吹戸は「待って」と冷たい声色を出した。
章都は走る体勢のままピタリと止まって、ゆっくりと振り返る。
「津賀留ちゃんは?」
一切の表情が浮かんでいない息吹戸をみた章都は、返答次第では叩き潰すという意思を感じ取り、引きつった笑みを浮かべた。
「津賀留は無事。礒報と安全な場所まで一般人を誘導してるから大丈夫さ」
「それならよかった」
息吹戸はほっと安堵の息をついた。
「おう。良かった」
章都もホッと胸を撫で下ろした。
「あと、わかってると思うけど」
息吹戸は念のために蟲毒フィールドについて伝えると、章都が「マジか」と嫌そうな顔をした。知らなかったようである。
「この妙な空間は共食い空間か。だから転化中の奴があちこちにいるのか」
脱落者多いだろうなぁ、と章都は腕を組んで周囲を見渡した。
「祠堂さんはがいさいを一頭吸収しています。いつ意識が飛ぶか分からないうえ……」
「がいさい? アレを知っているのか?」
章都が不思議そうにがいさいを示した。息吹戸は頷いて「文章で読んだことある」と前置きしてから簡単に説明する。
章都は感心したように瞬きをしてから、
「そっか。報告書にわかる範囲で書いといてくれ。あんなやつ見た事ないんだ」
と上空を見上げた。
白龍が赤耳がいさいの咆哮と上昇の邪魔している。そこに鳥の和魂も参加して地面に引きずり降ろそうとしていた。
「ところで、アンタは何をやったんだ? 飛ぶ相手に手をこまねているだけじゃないだろ?」
息吹戸はため息をついた。
「うっかり賭けに乗ったので攻撃しようとしたら祠堂さんに邪魔されます」
もう二度と戦闘で賭けをやらないと小さく呟いた。
章都は驚いて目を大きく見開き、ゆっくりと首を傾げた。
「ふぅん? 祠堂の言い分を聞いているなんて珍しい」
「部長の指示に従っているだけ」
スパッと息吹戸が言うと、章都が「はあ」と生返事をした。
「それでここでのんびり傍観していると」
「倒れるのを心待ちにしています」
息吹戸が心底どうでもよさそうな態度をすると、章都が首を小さく振った。
「そっか。あいつやっぱ馬鹿だな。好感度爆下がりじゃないか」
「どんな結果になろうとも自業自得」
きっぱり言い切ると、章都は猛々しい笑顔に変貌して「ははは」と笑い、
「だが少しくらい心配したらどうだ? 重度転化が治るかどうかくらいは気にしてやれよ。転化が治らないとアメミットを辞めることになるんだぞ」
と、祠堂を指し示す。
釣られてみると、祠堂は顔こそ無事だが、背が伸びて左肩が盛り上がり、手足は左右の大きさが違うバランスの悪い人狼だ。
破れている服の隙間から狗の毛が生えているので、全身が毛におおわれるのも時間の問題である。
「尻尾できそうでちょっと楽しみかも」
と息吹戸は鼻で笑った。
守るべき相手ではないため彼女にとっては対岸の火事。火の粉が飛んでこないのならば眺めるだけである。
「……尻尾?」
章都の目が点になった。少し間を開けてから、「ははは」とカラ笑いをする。
ほんの少し憐れむ眼差しを祠堂に向けながら、報われないなと呟いた。
「なんてこったワタシすら同情してしまう。うわぁすっげぇ可哀そう。からかうのはやめて今度から応援してやらないと。きっとあいつだけではどうにもならない。こんな気持ちになるなんて最悪だ」
息吹戸が首を傾げて「応援?」と聞き返すと、章都は首を左右に振って苦笑した。
「こっちの話だ気にするな。絶対に気にするんじゃない」
何故か念を押されたので、息吹戸はゆっくりと頷いた。
章都が片手をあげると一頭の白い龍が地面スレスレに降りてきた。多少の傷はあるもののぴんぴんしている。
白龍は息吹戸を見ると口角を上げて牙を見せた。笑っている。
「おーおー頑張るから撫でてくれってさ。美人に弱いねぇ」
「撫でていいのなら」
息吹戸は白龍の頭を撫でる。頭頂部にある毛並みは馬のようであった。
白龍は満足したように「ふんす」と鼻息を出す。
「じゃあアタシが責任もってケツを拭くから、大船に乗ったつもりで安心しろ。あれだけ大きい体なら瞬殺できるぜ!」
「大船が泥船じゃないといいね」
息吹戸が皮肉を返す。
「まさかー。ぴかぴかの新品さぁ」
章都は自信満々な笑みを浮かべて白龍の首に乗っかると、空中戦に挑んだ。
読んで頂き有難うございました。
次回は3/30更新です
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