第290話 背中は守れない
隊員と黄色耳がいさいは戦闘中。
赤耳がいさいは上空に佇み動く気配はない。動向は気になるが今は放置してもいいかと思いつつ息吹戸は周囲を見渡した。従僕もいないので当分邪魔は入らないと見越して解析に集中する。
蟲毒の配列に注目して文字列を視る。がいさい二頭はくっきりと、祠堂からふんわりと出ていた。環境を構築している配列と似ているので、特徴を探すべく片っ端から比べてみた。
まずは結界の構造の全容を読み解く。
ドームの中に呪具がある。禍神降臨に使われただけのようだがまだ効果を発揮している。そして設置されている数が多い。独立しているため一つ残っても発動できるが、発動数が多いほど強大な禍神を召喚できるシステムのようだ。
がいさいの首に巻きついている術は三つの役目がある。蟲毒システム、侵略汚染、エネルギー蓄積だ。侵略汚染と蟲毒システムが同時に発動、それを維持するために禍神がエネルギー供給をしていると考えられる。
首に巻かれた術は鎖のような形であり、その長さは一キロメートル。がいさいの行動制限はこれが影響していた。
最後の一匹になったときに鎖が解けるのか、長くなるだけなのかはわからないが、この鎖が侵略の要であるのは間違いない。
(なるほどね。がいさいの活動範囲制限の理由は理解できた。あ、祠堂さんにも同じ鎖ができてる)
がいさいを吸収した影響だろう、祠堂の首にも同じ鎖がついていた。
一キロメートルしか移動できない上、神通力が鎖に伝わり侵略汚染のエネルギーとして活用されている。
つまり鎖が繋がっている者達が戦うたびに、天路国はアスマイドの世界へ変わっていくこととなる。
(倒すこと前提で罠が仕掛けられている。禍神は誰がなってもいいってことだね)
息吹戸がうむむと唸って腕を組んだ。よくできたシステムだと見えない相手を褒める。
(となれば蠱毒と転化解除が被害を最小限にする鍵となる。癪だけど、私の力は失くしちゃ駄目だ)
祠堂たちをみる。彼らは黄色耳を徐々に弱らせており不安要素はない。
気になると言えば、がいさいの傷口から漏れる穢れだ。
零れ落ちる血液や肉に穢れを含んでいる。それが傷をつけた彼らに問答無用で吸収されている。
敵を倒しきれず撤退しても少しだけ経験値が入るゲームが脳裏に過った。
(でも本当に分が悪いんだよなぁ。看過できな)
息吹戸がある隊員をみた。穢れの蓄積が限度を超えていると気づいて苦笑する。
「敵はさておき、フォローくらいしてあげるか」
目標に向かって全速力で駆け出した。
「あああああああああ!」
黄色耳がいさいに照準を合わせていた隊員が金切り声を上げて、激しく頭を振った。穢れ耐性を越えてしまい発狂する。
黄色く輝いていた鳥の和魂が四つの目玉をもつ奇形と化して『ぎゅよあああ』とノイズを放つ。
巨大な二つの殺意に反応して腕がぶるぶると震え、内なる声が敵を倒せと叫ぶ。声に誘われるように照準が祠堂と枝本の背中に向けられた。
「うおあああああ! 放てえええ!」
「課長よけて!」
枝本はすぐに異変に気づくが、黄色耳がいさいに集中していた祠堂は反応が送れた。
隊員の号令により鳥の和魂が鋭い光の槍を創り放つ。至近距離なため三秒にも満たない時間で二人の体を貫くだろう。
「結界!」
枝本が即座に二人分の結界を構築させた。しかし連戦で神通力が少なくなっているため槍を防ぐ盾を二つも作れない。優先順位を考えた末、力を籠める割合を変えた。
「なっ!」
振り返った祠堂の目の前で槍が弾かれる。盾がなければ腹部に刺さっていただろう。ホッとする隣で枝本の盾が見事に砕け散り、目を見張る。
「うぐ!」
砕けると分かっていた枝本は、転化した左腕を盾にして頭と胴体を守った。腕に三本の槍が突き刺さりその勢いで後に倒れる。
槍は腕を貫いただけで止まった。
盾で威力を削いだ事、分厚い毛と筋肉のお陰で貫通せずに済んだようだ。
はぁ、と荒い息を吐くが、まだ終わっていない。
「こんどこそ放てええええ」
隊員は倒れた枝本に追い打ちをかける。狙いが自分だと気づいた枝本は右手をかざして盾を形成する。
薄い盾をみて覚悟を決めた時、祠堂が枝本を庇うように立ちながらヒョウの和魂に攻撃指示を出した。
「れんが頼む!」
『ガァ!』
ヒョウの和魂は炎の波動を放ち光の槍を割った。
槍が消滅すると、すぐに後ろに回り込んで上空に炎の波動を放った。
『ガァ!』
行動の意味を察した祠堂は慌てて後ろを振り返る。巨大な黄色耳がいさいの顔が間近にあって思わず息を飲んだ。
これ以上近づくなと言わんばかりにヒョウの和魂が連続で炎の波動を放つが、黄色耳がいさいは顔に炎が撫でても怯まず、手を振り下ろし祠堂に爪を立てようとした。
爪の大きさは直径三メートル。当たれば穴が空くどころの話ではない、良くて真っ二つだ。
「っ!」
祠堂は攻撃を避けようとしたが、枝本が横にいる事を思い出した。このまま逃げたら彼が犠牲になると足が止まる。
彼の迷いを感じ取った枝本は、即座に起き上がると傷ついた左腕を使って祠堂の肩を掴み、思いっきり横へ投げ飛ばした。
「逃げて!」
「なっ!」
祠堂は悔しそうな表情を浮かべて十二メートルの位置で受け身を取ると、すぐに体を起こして枝本の安否を確認する。
「枝本ぉ!」
どの部分に爪が刺さったのか分からないが、即死だけは回避してほしいと願いつつ、祠堂がみたのは――。
「あ……」
黄色耳がいさいの振り上げた手を、思いっきり蹴り上げた息吹戸の姿であった。
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次回は3/5更新です
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