第289話 発狂するなら下がれ
黄色耳がいさいが竜巻を発生させて、隊員たちを攻撃しつつ動きを制限する。
禍神の攻撃に微量ながら穢れも含まれているため受けるたびに蓄積する。
そのため『従僕を倒さなければ穢れは蓄積しない』と誤認していた隊員達は、症状の進行を自覚していなかった。
攻撃を浴びるたびに穢れが霊魂を浸食していき、限界を超えた隊員が次々と発狂した。
最初に発狂した隊員は赤耳がいさいに食われ、もう一人は息吹戸がどこかへ連れていった。
それを視界の端に収めながら、祠堂は黄色耳がいさいの起こす竜巻を相殺するべく鳥の和魂に指示を飛ばす。
「うたう! 相殺!」
鳥の和魂は一声鳴いて飛びあがると、竜巻の渦と反対方向にぐるぐると飛んだ。
「能力増幅および能力軽減」
枝本が数枚の護符を放つ。
鳥の和魂の力を増幅させ、竜巻の中心に潜り込んでブレーキを行う。
「能力消滅効果!」
大戸村は黄色耳がいさいの周囲に小さな結界を漂わせて力の流れをせき止めた。
『ガルアアアア!』
負けるか! と気合を入れて黄色耳がいさいが遠吠えを放った。
衝撃波が放たれ砂煙が後方に飛んでいく。
枝本と大戸村はふんばり切れず体が浮いて後ろに飛んだ。後方に居た隊員がそれぞれ受け止めて、体勢を低くさせる。
助かった、と二人は礼を言いながら術の維持に努めた。
祠堂は両足の爪を地面に突き立ててふんばりつつ、鳥の和魂に神通力を送り続ける。
「好き勝手させるかあああ!」
ピュイと一鳴きした鳥の和魂は、ビュンビュン速度を上げて竜巻に潜り込むと根元を切断した。上空の旋風がひゅるっと小さくなって消滅する。
鳥の和魂は速度を維持したまま黄色耳がいさいの体に絡みつくと、回転する刃物のごとく、その肌をゴリゴリゴリゴリと削った。鱗と皮と肉片が宙に舞う。
『ギャルアアアア!』
黄色耳がいさいが悲鳴を上げた。激しく体をくねらせながら前歯で鳥の和魂に噛みついた。ピョル、と鋭い声を上げて鳥は消滅する。
「うたう大丈夫か!?」
力の消滅を感じた祠堂が急いで呼び出す。鳥の和魂は小さな黒い目がとろんとさせながら、大丈夫とばかりに、ピョロロロロ、と鳴いた。
『ガアアアア!』
黄色耳がいさいの血走った目が祠堂に注ぐと、他の隊員を無視して執拗に彼を狙った。
噛みつく攻撃、爪の攻撃、巨体で押しつぶす、尾っぽを振り回す。
どれも当たれば致命傷であるため、回避するには大きく距離をとる必要があった。
遠距離攻撃にすべく鳥と蛇の和魂に指示を出し、ヒョウ和魂でがいさいを追わせた。
「俺狙い……それはそれでやりやすいかもな」
負担が一気にきて祠堂に焦りが生まれる。
だが隊員達の危険が回避されるなら、それでもいいかと気持ちを切り替えた。
竜巻が消えて、立ち上がった大戸村は、倦怠感がひどすぎると感じた。
「これは……転化が進行してる……なんで?」
ふらつく頭で前方をみると、祠堂と黄色耳がいさいの攻防があった。戦闘の激しさと禍神の威圧に顔を歪める。
「早く……私も応戦しないと……」
対象の動きを遅くする護符を取り出して神通力を籠める。少しでも助けになればいいけど、と不安を抱きながら放とうとした時。
肩を掴まれて、右耳に激しい痛みが走った。
「い、あああああ! 何! 何!?」
何かが耳を噛んでいる。
慌てて右側に顔を向けた。
噛みついているのは先ほど大戸村を受けとめた隊員である。人の姿にも関わらず発狂してしまったようだ。隊員は大戸村を殺そうとしたがフル装備だったため、皮膚が出ている部分……耳に噛みついたようだ。発狂したときにナイフを落としていて幸いといったところだろう。
「やめ、やめてえ!」
めきめき、と肉が引き千切られる嫌な音が聞こえる。
大戸村は引き剥がそうとしたが、人狼になった隊員の両腕はピクリとも動かない。爪は装備を突き抜け皮膚に届いているため肩も痛みが出てくる。
「正気の戻って! 耳が、耳が!」
耳からの出血が大戸村の頬に流れる。
「いやああああああ!」
首にも生暖かい血が流れて大戸村は泣き声を上げた。だがこれは噛んでいる隊員の血だ。顎や歯は人であるため、強く噛み過ぎて歯根が揺れ動き出血している。
そうとは知らず大戸村は耳からの大量出血と思い込みパニックに陥った。
もう駄目だと諦め失神しかけた時に、息吹戸が隊員の背後に周り込み首に手を這わせて、きゅっと頸動脈を圧迫した。
数秒で隊員が気を失い、ずるりと大戸村に寄りかかる。
「ひいいいい!」
大戸村は隊員を振りほどいて数歩前に逃げる。
ドサリ、と倒れた隊員を見下ろしながら、恐る恐る耳を触る。耳が無事だと知った大戸村は涙を流しつつ鼻をすすった。
「困ったもんだ。隠れ転化っていうのかな。時限爆弾みたい」
息吹戸が気絶させた隊員を肩に担ぐと、大戸村が慌てて頭を下げた。
「あ、有難うございます!」
息吹戸はジッと大戸村をみて。
「もう戦えないでしょ、あっちに行きなさい」
と広場にあるインフォメーションを示す。
辛うじて形を保っているサービス施設の小さな建物に、強い結界が張られているので大戸村は驚いた。
「他の班が到着したんですか!? あ、待ってください!」
息吹戸が走りだしたので、大戸村は慌ててついて行った。
小さな四角い建物の横に五人の隊員がいる。二人が強い結界を張り、三人が救護を行うためにスタンバイしていた。
息吹戸は結界内にはいって肩に担いだ隊員を下ろすと、手が空いた隊員がすぐに治療を始める。
「助かる。みんな、助かる」
大戸村は見知った顔をみて緊張の糸が切れたように崩れ落ちた。治療班のリーダーである女性隊員が「大丈夫ですよ」と優しく声をかける。
「でも大分思い切りましたね。こんなに禍神の近くに張るなんて」
医療班だけでは近づけない位置なので、大戸村が不思議そうに尋ねると、隊員は息吹戸を示した。
「護衛して頂きました。お陰で強固な結界を張ることが出来たんです」
「そんなまさか」
大戸村は驚いて息吹戸を二度見した。そのせいで彼女の興味を引いてしまい目が合う。
「なに?」
抑揚のない声で問われて大戸村は口ごもる。沈黙も失礼だと思い慌てて質問を投げかける。
「あの、何故、戦いに集中しないのですか?」
皮肉にもとれる言葉を言ってしまい、大戸村だけではなく周囲も硬直した。
息吹戸は「はあ」と適当な相槌を打ってから。
「戦いはあっちがやるって言い放ってるから、私は最小限の犠牲で終息するように考えて動くと」
ゆっくりと周囲を見渡した。
「今回のミッションクリアは味方の行動の足りない部分を補う必要があると感じているだけ」
大戸村や医療隊員が目を見開く。罵声や皮肉や武力で周囲を導いてきた彼女の語る内容が、至極真っ当だったため驚きを隠せずにいた。
「じゃあ。あなた達は回復をよろしく」
周囲が再びで固まったので、息吹戸はさっさと結界からでた。
読んで頂き有難うございました。
次回は3/2更新です
物語が好みでしたら応援お願いします。励みになります。




