第288話 大敵交代
赤耳がいさいは上空十五メートルの位置でゆらゆら飛びながら、頻発する遠距離攻撃をかわしていた。
穢れを蓄えた人間達は悪あがきのように抵抗してくる。最初こそ難なく口にすることができたが、時間経過と共に思ったような成果を得られずにいた。
三頭の中で一番大きい体をした赤耳がいさいは、苦々しく地上を見下ろした。
攻撃を仕掛けてくるのはアメミット隊員六名であり全て中度転化をおこしている。手足はもとより顔すら狼になっている者もいた。
彼らに蓄積されている穢れは相当な量だ。一人食べるだけでも力が増すと分かっているものの、それは容易ではなかった。
隊員を倒してもすぐに手の届かない場所に連れていかれる。強力な結界があるのだろうか痕跡すら辿れなかった。
半分近く倒した隊員を全部食べたならもっと強くなるのにと毒づく。
しかし不用意に低空飛行することはできない。
人狼になりつつある彼らはジャンプ能力が強化されていた。五メートル以上も飛べる者すらいるため、低空飛行をしていると攻撃が届くだろう。
隊員を食べるために思考を巡らせた赤耳がいさいは、ちらり、と向こう側にある広場をみる。
そこには百を超える従僕が失神していた。全てがいさい用の供物であるが、その供給を止めているのは一人の人間である。
犬の頭を撫でるような些細な動作で瞬く間に無力化していく。あれはとても高価な食べ物だと赤耳がいさいは目を細めた。
穢れが膜を溶かしはじめているため隠されている本体がちらりと見える。目もくらむような多彩な力に食欲をそそられるが、食べて良いモノなのかと疑問が過る。
ちょっかいを出してみたが、あれを取り込めば乗っ取られると危惧が浮かぶ。餌を少し食べただけで引き返して正解であろう。
現に同胞がひとり死んでいる。と青耳がいさいを視野に入れた。
あれに取り込まれた穢れは傍にいる隊員が受け継いだ。すなわちこの場で一番高価な餌はあの隊員である。
黄色耳がいさいが誘惑に耐えきれずあちらへ向かった。
青耳がいさいが返り討ちにあったのを忘れたのかと示したかったが、正直どうでも良かった。
仲間であり敵なのだから。
そこまで考えて、ちらり、と黄色耳がいさいをみた。貪欲に獲物を食らうソレは全長が六十メートルになっている。
ゆっくりと確実に成長していることを確認して、その時がくるまで傍観することに決めた。
『ガアアアアア!』
黄色耳がいさいは雄たけびを上げながら滑空する。遠距離の攻撃を打ち終わった直後の隊員が狙いである。
「くっ!」
バックステップして距離を稼ぎながら和魂に攻撃指示をだすが、黄色耳がいさいの噛みつき攻撃が隊員を上回る。
「っ!」
間に合わないと覚悟を決めた瞬間、横から祠堂がかっさらったため、攻撃範囲から大きくそれた。黄色耳のがいさいの顔が通り抜ける。
「いけ!」
隊員の号令を受けた犬の和魂が風の塊となり、がいさいの顎に体当たりをする。
「破!」
祠堂の号令を受けた鳥の和魂が風をガラスに硬化させてがいさいの左目に刃を放った。
『ギャウウウ!』
顎に一撃、瞼にガラスが刺さが、黄色耳がいさいは低空飛行をやめず別の隊員を狙った。突進のように急接近されて隊員は慌ててその場から飛びのいて逃げる。めげず低空飛行のまま次々と隊員を狙う。
しかし全て失敗すると、悔し紛れにくるくると円を描ぎ隊員達に強風を浴びせた。
「当たらない!」
「近づけないぞ!」
強風が次々と遠距離攻撃を弾いてしまう。
くねっていれば攻撃が当たらないと気づいた黄色耳がいさいは更にスピードを上げて円を描きついに竜巻を発生させた。
ドーム周囲に暴風が吹き荒れてしまい瓦礫が空へ舞い上がる。
「うわあああ!?」
踏ん張り切れず一人の隊員が吹き飛んだのを見て、チャンス到来と黄色耳がいさいの目が輝いた。
追いかけようと思った瞬間、赤耳がいさいが横からしゃしゃり出て、ぱくり、と隊員を食べた。
ショックで目を見開く黄色耳がいさい。
それを嘲笑うかのように赤耳がいさいは、ふん、と鼻息を出した。
『ガルグルグル!』
黄色耳がいさいが激しい文句を言いながら急上昇する。
しかし赤耳がいさいは相手にせず、ある一点を見つめて滑空した。目指す先は正気を失った隊員である。
「やめろ! 正気に戻れ!」
「がるああああ!」
穢れが一定値を超えてしまい隊員が仲間に攻撃し始めた。初手を回避した隊員は錯乱した者を落ちつかせようともみ合いに発展した。
錯乱した隊員が馬乗りになり鋭い爪をもつ腕を振り上げたので、隊員はドンと彼を押して転がって逃げる。
「がるあ……」
錯乱した隊員は追撃しようと立ち上がると、赤耳がいさいに、ぱくり、と食われてしまった。
「うああああああああああああ!」
押しのけた隊員が悲鳴を上げた。掴んで一緒に転がればよかったと、親友の死に激しく後悔して涙を流す。
赤耳がいさいは戦意喪失した隊員も食らう素振りをみせたが、すぐに急浮上した。
その横をものすごい速度で鉈が飛び越える。
「あー。やっぱ間に合わなかったー」
息吹戸は鉈を拾いにやってくる。駐車場にたむろしていた従僕を片付けたのでやってきたのだ。彼女は赤耳がいさいの動向をずっと観察してて気づいた。あれは漁夫之利を狙うものだと。
「はい。貴方は正気度減少、一時狂気に入るでしょう。退場です」
真っ青になっている隊員にアナウンスのように告げてから、おもむろに顎を蹴った。不意打ちに対抗できず隊員は白目をむいて倒れる。
(人手足りないから発狂者は回収してあげなきゃね)
息吹戸は気絶した隊員を肩に担いて戦闘域から遠ざかった。
黄色耳がいさいが低空飛行から再び竜巻を起こして暴風が吹き荒れる。その中、息吹戸は平然と広場の方へ走った。
(確か広場を越えてバス停の付近に結界が貼られた気がしたけど……あったあった。あれだ)
バス停から道路を挟んだところにホテルがある。その入り口から直径三十メートル円形に結界が作られていた。
がいさいがギリギリ届かない距離でドームから見えない。
ここを拠点にして、アメミットの治療班と討伐班が到着し始めていた。
(まだ少ないけどさっきよりも増えてる)
息吹戸が近づくと周囲が騒めいたが肩に担いだ隊員に注意が逸れる。数人が近づいてきて隊員を受け取りながら感謝を述べた。
「現状が分からないので少し教えてください、向こうはどうなっていますか!?」
治療班のリーダーと名乗る女性隊員が必死な形相で禍神について尋ねてきたので、息吹戸は端的に答える。
「隊員達は十人未満。全員中度から重度転化で発狂間近が多い。がいさいは……禍神は食うことによってパワーアップするので弱い人は近づかない事。近づく従僕は全て止めるほうがいい。町にいる従僕は人に戻れるから殺さない方が良い」
女性隊員は驚きながら「有難うございます!」と深々と頭を下げた。
息吹戸は「境界はどうなった?」と聞き返すと、女性隊員も端的に答える。
「境界の中和できたので無条件で進めますが、結論からいえば、出動した本隊は六分の一しかここ辿り着けないと予想されます。本隊到着までもう少しかかるうえ、転化段階チェックを受けてからの参戦となります」
息吹戸が「まぁ妥当かな」と頷く。
「禍神の攻撃余波にも穢れがあるので万全じゃないと意味ない。それでいいと思う」
女性隊員が固まった。無言や舌打ちが多い息吹戸からのセリフとは思えないため、戦闘がとてつもなく劣勢なのだと勝手に察する。
「だとすると、時間稼ぎであっちにもうちょっと頑張ってもらわないと。広場を越えた辺りに一時的に休憩できる空間を作って一人ずつ治療してみよう。できるよね?」
息吹戸は要望を口にしながらも有無を言わせないと圧を出す。女性隊員はごくりと生唾を飲んで「はい」と了承した。
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