第265話 バトロワ空間
色々放置しながら進むこと十分、三の境界へたどり着いた。
ここもすりガラス状の空気の層、布帛が行く手を阻んでいる。
(さて。ここの通過条件は?)
三の境界は『ちからを**ひきぶ*えしもの**つうこうかのう』と読めた。
従僕の力を吸収する必要がありそうだが、数は不明瞭である。
(何匹倒せばいいのかな? まぁ、やってみるか。沢山獲物きたし)
後方から沢山の水音が近づいてきたので、息吹戸は後ろを振り返った。
馬腹とあつゆ、野狗子が合わせて二十五体ほど。どれも口元が真っ赤に染まり、顎を伝って落ちる赤い涎が水面に波紋を広げている。通常の三倍ある人の顔がずらっと並び、爛々とした瞳に恍惚の笑みを浮かべていた。
――オギャァ、オギャァ、オギャァ
顎が外れるほど大きく口を開け、鳴き声をあげながら迫ってくる。
びっしりとした不揃いの牙は刃こぼれしたトラバサミのようだ。
――オギャァ、オギャァ、オギャァ
カエルの合掌のような賑やかな音を消すように、従僕たちは水面を派手に踏み鳴らした。大きな水しぶきをあげるさまはヌーの群れが突進するようでもある。
息吹戸は涼しい顔を崩さない。
全速力で走ってくる人面虎と人面牛と狗人をみながら、「やっぱり人面って可愛くないなー」と呟いた。
『オギャァァァ』
まず先陣を切ったのは馬腹の群れだ。
脚力にものをいわせ両腕を振り上げながらとびかかる。
その数は三体。
息吹戸は鉈を握りしめ、端に居た一体に的を絞って前に進む。突進する馬腹の側面に移動して、腹下に足を入れて蹴り上げた。
馬腹は強い衝撃によりUの字になって上に浮いた。げぇ、と鳴き声をあげ、口からいろんなものを吐き出す。
息吹戸は浮かんだ虎の尾を掴んで横にブン投げた。横を走っていた二体の馬腹に命中すると、側面からの衝撃に耐えられずバランスを崩して転倒した。大きな水しぶきを上げながら三体は絡まるように転がっていく。
――ギャァァァァァン!
馬腹の悲鳴が木霊するなか、今度はあつゆ四体が突進してきた。雄牛を二回りほど大きくした巨体が我先にとやってくる。まるで壁が迫ってきたような圧迫感がある。
「わぁ。これぞまさにホラーのワンシーン。映像としては満点だ」
息吹戸は楽しそう笑ってから、あつゆよりも少し高めにジャンプする。
左から二番目にいたあつゆの額に右足で着地して、首に刃を当てるとすぐに側転した。鉈があつゆの首を滑らかに削いで切り落とす。どぼん、と水面に頭部が落ちる。
息吹戸はくるんと上体を起こして臀部の部分に左足を置き、もう一度くるんと体を回転させて地面に着水した。後方で大きな水しぶきがあがる。死んだあつゆに引っかかった別の個体が引っかかって転倒した。
「動物の顔なら可愛いのにねー」
地面に着水した直後、息吹戸に影が降ってきた。二体の野狗子が息吹戸を捕まえようと腕を伸ばしている。
息吹戸は座ったまま体を半回転させ、鉈で野狗子たちの両足を水平に凪いだ。
ジャシュと金属を研ぐような音をさせて、野狗子のふとももが切断した。足から体が浮いた野狗子たちは勢いのまま落下してきたので、息吹戸は立ち上がりながら野狗子の頭を横に凪いだ。目から下がずれて離れる。
胴体だけが息吹戸に寄って来たので避けようとしたが、足音を聞いて後ろを確認する。馬腹が口をあけて向かっていた。
丁度いいと、野狗子の腕を掴んで背負い投げをして馬腹の口の中に突っ込んだ。馬腹は口に異物が入って顔を左右に振るが、鉈による頭部の一撃で水に沈む。
息つく間もなくあつゆ三体が走ってくる。息吹戸は死んでいる馬腹の尻尾を持ってブンブンと振り回した。二百キロの巨体がプロペラのように旋回する。
三体が横並びになった瞬間、息吹戸は馬腹を投げ飛ばした。
あつゆの巨体に命中する。
激しい打撃音をだしながら四体が絡まるように明後日の方へ転がっていった。
着水しても三体が動く気配はない。それぞれ首の骨を折ってしまい顔が明後日の方に向いていた。
従僕を投げ飛ばした瞬間、背中から馬腹が飛んでくる。息吹戸はすぐに振り返り、手で馬腹の顔を叩いた。
うぶお、と変な声を上げて横に弾かれる馬腹は頭から着水した。息吹戸は足で頭を踏みつける。馬腹がじたばたともがくがびくともしない。
今度は野狗子が背後から息吹戸に襲い掛かる。爪で切り裂こうとするが鉈で受け止められた。軽々と攻撃を防がれ野狗子に驚きと恐怖の表情が浮かぶ。
(感情豊かだな)
息吹戸はそんなことを思いながら野狗子を殴る。目と目の間に拳がめり込み周囲を潰しながら頭蓋骨の中へ侵入して、圧力からぱんと頭が吹っ飛んだ。
(生暖かい。体温あるんだ)
息吹戸は手をひっこめた。肘まで血に濡れている。
踏んでいた馬腹の頭から足をのけると、頭部が靴跡で凹んでいた。攻撃を受け止めた力が伝わったようである。
「さて……どっから湧いたのやら」
あつゆが絡まっている塊の横に馬腹が立っていた。スンスンと鼻を動かし、にやにやと笑っている。さらに後ろから一体、また一体と従僕《従僕》がやってくる。布帛を通り抜けてやってくるやつもいる。
息吹戸は周囲を見渡した。
血の匂いに誘われた従僕たちが十数体ほど姿を現していた。にやにやと下品な笑みをうかんでこちらを凝視している。更に、逃走を許さないと言わんばかりに円を描くように集まっている。
「探す手間が省けて丁度いいや」
息吹戸は薄く笑って数えた。二十五体、顔ぶれは変化なし。
(この中での癒しポジは野狗子かな。狂犬病みたいなツラして全く可愛くないけど。虎と牛は変態顔のおっさん……いやおばさん……同じ顔に見える。それよりはマシかな。こんな顔に囲まれるのは悪夢だけど楽しいね)
追い込まれている形になっているが、息吹戸に全く焦りはない。
――オギャアアアア!
一体、また一体、と従僕が迫ってきた。我先にとライバルを押しのけてくるためミチミチだ。指が入る隙間もない。
「まぁ、これだけ倒せば通行できるでしょう」
息吹戸は特に苦労もなく従僕を一掃した。
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