第256話 休日の強制終了
「俺の態度に驚きもしないから、『二課での俺の態度を知らない』ってことだと思うんやけど。そもそも、俺のこと初めて認知しましたもんなぁ」
「隣のオフィスにいたけど知らなかった」
息吹戸の言葉に驚いた烏頭は目を見開く。
そして困ったように額をポリポリ掻いた。
「俺、業務中とプライベートで性格使い分けてるんです。こっちが素なんですけど。カミナシではキツイ性格を演じとるんです。それに今は課長代理も任されてるんで舐められないようにしないといけなくて。だから俺のこの性格もろもろ内緒にしといてください」
烏頭はぱぁんと両手を合わせて拝んだ。
雨下野は横目で烏頭を見ながら
「烏頭はイラストの他にも、フェルト生地でぬいぐるみ作ったり、刺繍したり、ペーパークラフト作成などの趣味を持っています。性格も柔らかいため、カミナシ入社半年で男性社員に馬鹿にされたことをきっかけに、怖い男性を演じているのです」
と付け加えた。
乙女のような趣味があるのかといういう意味も込めて、「なるほど」と頷く息吹戸の声が、
「うかちゃああああああああああああん!」
と、烏頭の絶叫にかき消された。
「烏頭は小鳥課長代理で部下をまとめなくてはなりません。そのため、ちょっとした虚勢を張っているんです。狐が張りぼての虎を動かすように、大変不格好ですけども」
「牽制か」と、納得して頷く息吹戸の声が、
「うかちゃああああああああああああんんん!」
と、烏頭の涙声にかき消された。
「ひ、ひどいバラシっぷりやんかああああ!」
烏頭は憎らしそうに眉間にしわを寄せて、雨下野の左肩を掴みブンブン揺らす。
「ここまで来たら全部喋った方がいいので諦めてください」
「自分のだけにして! 俺に致命傷を負わせるようなことせーへんでよーー!」
「……あは」
二人の仲良しなやり取りに息吹戸は耐えきれず失笑した。手で口元を隠し、肩を震わせながら声を殺して笑っている。
烏頭と雨下野が信じられないモノを見るような目を向けているので、不興を買ったと思った息吹戸はスッと真顔に戻った。
「面白くってつい」
笑う事もあるんだとびっくりしながら、雨下野と烏頭は互いの顔を見合わせた。
「秘密にしたいことは言わないので安心してください」
「有難うございます息吹戸さん」
烏頭はホッとして礼を言うと、流れるように雨下野を睨んで強面の笑みを浮かべた。
「うかちゃん、後で話がある」
「受けて立ちましょう」
雨下野も負けじと黒い笑顔を浮かべて目を鋭く光らせた。
息吹戸は目を細めてやり取りを眺める。彼らをみていると暖かい記憶が蘇りそうな気がしてくる。
(懐かしい気がする。似たものをいつも聞いていたような)
ちらり、ちらりと風景にノイズが走ると、パッパッと別の画像がフラッシュしてくる。ほぼ全身が塗り潰された自分よりも幼い女の子と男の子がでてくる。
(ねぇ。私は独りじゃなかったね。いつも貴方たちがいてくれたから、おねーちゃんは頑張れたんだよね)
このまま思い出すと良いのに、と浸るように目を瞑ったその瞬間。ふと、変な気配を感じた。
パッと目を見開いた息吹戸は、立ち上がって窓の向こうを確認する。
景色におかしい部分はない。しかし何かがやってきている。
ざわっと背中に悪寒が広がったので、反射的にカバンを置いて外へ出た。
「息吹戸さん!?」
雨下野と烏頭は驚いて声をかけるが彼女は振り返らない。
何事かと顔を見合わせたが、開いたドアから微かに漂ってきた異変に二人は気が付いた。全身に緊張感が走る。
「俺がまとめて会計しとく! うかちゃんは息吹戸さんを追って!」
「お願いね烏頭! お代はあとで払うから」
雨下野は自分の荷物を持って外に出ると、烏頭が自分と息吹戸の鞄を持って会計に向かった。
「…………これは」
カフェの外に出た息吹戸は、高層ビルが立ち並ぶ景色に巨大な文字列が出現したのを目撃した。位置は東の方向からだ。
文字列が空を舞うと巨大な穴があいた。漆黒、深淵のような黒色が、瞬く間に青空を浸食して広がっていき、瘴気の塊が波のように押し寄せて町を飲み込んだ。
空気の層が変わる。
これは禍神が降臨した時のシグナルであり、異世界の環境がこちらに伸びてきて、世界を書き換えようとする現象である。
瘴気を感じて息吹戸は匂いを嗅ぐ。
(この空気、ちょっと酸っぱいようなスパイシーな刺激が混ざる感覚。これはアスマイドっぽい?)
大小関わらず、三つの世界から常に侵略があり現場で活動していくうちに、どの異世界の空気が入ってきたかを感じ取れるようになっている。
「あーっと、読めそう……かな?」
空に浮かぶ巨大な魔法陣を構成する術式は大きいのでよく視えた。
息吹戸は文字列の群れを凝視して見覚えのある形を探して、断片的に分かった言葉で予想する。
(一つは穴をあけて異界の世界を持ってくる術。一つは従僕を召喚する術までは理解できる。『水』の文字が多い)
そして穴は黒い墨汁が青い布にじわじわ染みこむような広がり方をしている。
(世界の構想が書き換えられている感じ。セーブデータの上書きっぽいイメージがするから、菩総日神様の創った情報を書き換えている、って考えたらいいかな?)
息吹戸から少し遅れて雨下野が、そして烏頭がカフェから出てきた。
「これは一体!?」
雨下野が目を見開いて空を凝視する。
「あかん、降臨の義が完成しとる。なにがあったんや!」
烏頭が息吹戸の荷物を丁寧に地面に置いてから、左手の袖をめくった。手首と肘との中間あたりから上にかけて、ぬき彫で青い狼と虎が彫られている。
「オリビア、でてきぃ! 応急処置《結界張る》するで!」
烏頭の腕が光ると狼の彫り物が薄くなり、真っ白い大きな狼が飛び出した。額に二本の鹿の角が生えている。
これは烏頭の和魂である。生まれたときに何らかの不具合が発生し、魂に定着せず肉体に定着したものである。
彫り物は和魂の仮の姿であり、人間への負担を軽減するものである。
利点としては人間が転化しても和魂は己の意志で動くことができること。欠点としては体力の消費が激しいことだ。
(わぁ。可愛い)
息吹戸がもふもふした白狼を見て癒される。触りたいなぁと思うが事態がそれを許さない。
烏頭が術式を開始しようとするが、雨下野が「まって!」と制止をかける。
「あれをみて」
雨下野が指し示す方向から藍色の幕が走ってきた。カーテンで視界を塞ぐように、サァァァァと目の前を通りすぎる。
数秒してから、藍色の幕は町を包み込むように一気に上空へ伸びあがり円柱と化した。
アスマイドの瘴気が止まったので、無事に結界が張られたようである。
「結界張られたわ。オリビア、待機」
烏頭は白狼を手で制して命令をキャンセルする。白狼は座り込んで、烏頭を見上げつつ口を開き、はぁはぁと息を出している。命令を催促するようにしっぽがパタパタと動いていた。
一般人が結界内部の上空を覆う黒い穴に気づき始める。次第に指で指し示す者。驚きながら逃げ始める者。建物から出てくる者など、その場から退避行動を始める。
ギュウウウウウン!
結界が張られてすぐに、サイレンが鳴り響いた。
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