第252話 趣味を語れ
雨下野はコホンと咳払いをしてから烏頭を指差しする。
「烏頭とは幼馴染です。家が隣同士であり幼少期から交流がありました。同志なゆえ今も変わらず付き合いを続けています」
烏頭は両手を頭の後ろで組み、椅子の背もたれに体重をかける。
「そうそう。そんで漫画や小説で盛り上がって、うかちゃんが書いた話を持ってきたんです。俺も絵とか描いてた時期で互いに見せあいっこしたのがこの関係の始まりでした」
「烏頭は今でこそスタイリッシュな絵ですが、当時はまるっとした可愛い絵で好みでした。同人小説表紙お願いしたのです。懐かしい」
「そうそう。うかちゃんの好みが『背の低くて、女装が似合って、お花を背負っても違和感ない可愛い年下男性』だもんで、俺に描いてってお願いしてきたんです。今こんなになってますが、あの頃は可愛かったんですよ」
ぴくり、と雨下野の眉間に青筋が浮かぶ。
「そういう烏頭こそ、ヒールでガスガス踏んでくれるSッ気女性や年上男性が好みでしたから。そのシーンを描くべく絵柄を変えて、今に落ち落ち着きましたね」
予想外の発言に驚き、烏頭が座ったままぴょんと小さく飛ぶ。
引きつった笑顔になりながら、ズイっと雨下野に体を寄せて彼女の頬に人差し指を沈ませる。ぐいぐいと押し付けているので雨下野の頬がへっこんだ。
「うーかーちゃーん。なに怒ってんねん。どさくさに紛れて俺の好みを暴露しないでほしいなあ」
雨下野がパンッと烏頭の指を弾いて、お返しとばかりに彼の頬をつねりながら、ギロリと睨んだ。
「トートが私の好みを暴露しましたから。報復です」
「ひたいひたい。公式情報ずぁないかぁ」
烏頭が雨下野の手を取ろうとするが爪が食い込み取れない。もたつく間に頬が伸びて赤くなっていく。
そのやり取りを、息吹戸は頬杖をついて眺めた。
(仲良し幼馴染。妄想のネタになるねぇ)
いつか恋に発展するのだろうか。と生ぬるい視線を向けていたら、二人はハッと正気に戻り、小競り合いをやめた。
雨下野はコホンと咳払いをして仕切りなおす。
「あの。それで大変厚かましいお願いをしますが、私が同人活動をしていることと、烏頭との関係もご内密にお願いします」
「サークル仲間ってことを秘密にする……」
「それもですが、私達が友人ということも黙っていてください」
息吹戸が何故かと聞き返すと、雨下野と烏頭は少し疲弊した表情になった。
「親しい者だと分かると、融通を利かせてほしいと無理難題を頼まれることがありますので」
「しつこいんですよ。仲が良いから頼んでみてくれって。人任せにするんすよ。あと俺の好みもご内密にお願いします」
息吹戸は大変だなと思いつつ了承してから、いつからBLを嗜んでいたのか聞いてみた。烏頭がすぐに雨下野を指し示す。
「俺はうかちゃんから。昔っから好きなものが一緒っていうか、趣味の好みが近かったんですよ。んで、うかちゃんセレクトにやられてしもーて、BL同人一緒に作ってしまってます」
「烏頭は少女漫画も好きだったので話が合いました。冗談半分で男同士のバトル恋愛を勧めたらドハリしてしまい計画通り……いえ、予想外でした」
雨下野は言い直しながら邪悪な笑みを浮かべる。狙っていたのが丸わかりだと息吹戸が口角をあげた。
「やるね」
「語る相手は多いに限りますので」
雨下野は黒い笑みを崩さない。ジャンルは違えど章都と同じだと息吹戸はヒシヒシと感じた。隙をみせたら沼に引きずり込まれるであろう。
「そっか。私も雨下野ちゃんと語り合いたいな」
好きなジャンルなので喜んで沈んでみたいと、息吹戸は取引を持ち掛けるように薄く笑った。
「好きなジャンルを教えていただければ、お試しを御貸しできますが?」
雨下野の目が怪しく光る。趣向と解釈を分析したあとに沼へ誘う気満々だ。
息吹戸はその企みに応えた。
「なら名作を呼ばれるモノを」
「ご期待にお応えできるよう最善を尽くします」
ふっふっふ。と怪しい笑いが二人から零れた。
悪い取引を始めるような雰囲気を肌で感じて、烏頭は、にへらっ、と表情を崩した。
「もしよければ、うかちゃんからの本、俺が渡しますんで。返却も俺がやります」
息吹戸がそれは助かると答えると、烏頭は自宅近所なんでと付け加えた。
烏頭はすっかり緊張と警戒を解いてしまった。『暴君の女王様』から『同志』と認識を更新するのも忘れない。
「息吹戸サン、うかちゃんセレクトは期待できるんで楽しみにしてな! 俺いっつも刺さるんですよ!」
「ふふふ。長年の付き合いなので烏頭の好みは把握していますから。また面白いBL本が手に入ったので後で渡すわ」
「ほんまか! 楽しみだなぁ~!」
ぱぁぁと期待に胸を膨らませる烏頭だが、それを眺める雨下野から怪しい空気が漂う。新しいジャンルを開拓させる気かもしれないと息吹戸は勘づいた。
「あ! そうそう」
と、烏頭が雨下野と話を切り上げ、息吹戸に真剣な眼差しを向けた。
「誤解せんよーに言うときます。コレは娯楽の一環なだけで、俺の恋愛対象は女性です。今はフリーですけど過去に何人かの女性とお付き合いしてました。童貞は卒業済です」
いきなりのカミングアウトを聞いて、息吹戸は怪訝そうに眉をひそめた。
(どこまでカミングアウトする気なんだこの人)
「今、どこまでカミングアウトするんだって思いましたね?」
「思った」
「すいません。でもこれ最初に言っておかないと、『腐男子だから男が結婚対象』って勘違いする人多いんです。親切だか面白半分かわかりませんが、男紹介してくることがあるんで困るんです。BLは物語だから好きで、結婚したいのは女性――」
「でも火遊びは男性です」と雨下野が横から茶々を入れた。
「そうそ……違いますがな!」
うっかり頷きそうになり、即座に否定する烏頭。表情に余裕がない。
「つまりは趣向と恋愛は違うってことを……」
「でも気になる男性はいるんですよね?」
と雨下野が横から付け加えると、烏頭は嫌そうな視線を向けた。
「憧れ上司というやつや。歪曲して語るな、うかちゃん、メッ!」
烏頭は頬を膨らませながら、雨下野の頭をぺシンと叩いた。
「何をするんですか」
雨下野は烏頭の頬を軽く引っ張る。
「いたいいたいうかちゃん。もっと加減してや」
「烏頭だって叩いたでしょう。痛かったんですよちょびっと」
「ちょびっとじゃんか! こっちはアイタタタだよ!」
「ちょびっとでも許しません」
まるで仲の良い姉弟のようだと息吹戸は思った。
(なんかとても懐かしい気がする。こうやって口喧嘩している子たちを眺めていた気がする)
一瞬だけ慈愛に満ちた眼差しになった息吹戸だが、すぐにスンとした表情になる。
「烏頭さんの言いたいことは分かった」
「ほんまですか?」と烏頭が反応する。
「私もゾンビ好きで見ると物凄くときめくけど、結婚したいと思わないから」
と極端すぎる例えを聞いて、
「そう、ですね……」と雨下野が困惑したように頷き。
「例えがアレやで……」とやや引きながら、烏頭はまぁそんなもんですと頷いた。
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