第239話 ありがとうのグミ
会場に入ると、巨大スクリーンの前に設置された、四角い扇状に作られたステージ場が目に入る。
ステージの上に天井が組まれており、沢山の照明が吊るされている。ステージ前にも照明や特殊効果に用いられる機材が設置されていた。
ステージ中央にリミット乙姫たちが歌って踊っている。星屑のような光が曲に合わせて跳ねる。本番さながらの演出に津賀留は一瞬息を飲んだ。
しばらく見とれていたが、我に返り頭をぶんぶん振る。そんな場合じゃないと気持ちを切り替えて、章都を探すべくステージに向かって歩き進める。
マウンドの面積で四分の一がステージ、残り四分の三がアリーナ席になっているようだ。
津賀留は足元をみた。
「すごい……人が歩いても大丈夫になってる」
マウンドはベニヤ板が敷かれて補強され、室内の床板のようになっている。これなら大勢の人が歩いても芝生はノーダメージだ。
ステージ場近くになるとますます熱気が強くなった。大勢のスタッフが動き回り、不備やミスがないかチェックしている。
リミット乙姫たちは立ち位置の確認をしながらステップを踏んだり、曲を想像しながら踊っている。
アリーナー席の前列でマネージャーの花尾が見守っている。彼の横に舞台監督が立っており、スタッフに指示を出していた。
章都はといえば、アリーナ席の左中央に仁王立ちをしてステージを眺めていた。
はにかむような柔らかい微笑みを浮かべている。まさに感無量、この場にこれてよかったと噛みしめていた。
津賀留はゆっくりと近づき、真横に立つ。章都《収しょうと》は全身全霊で曲を聴いているようだ。邪魔になりそうで声をかけるのがはばかられた。
曲が途切れた瞬間、意を決して小声で呼びかける。
「あの、章都さん……礒報さんから伝言です」
「……なんだ?」
章都はステージを見たまま問いかけた。気分を害した様子ではないが、言いたいことは早く言えとヒヤッとした雰囲気が出る。
邪魔をしてほしくないんだろうなぁと、十二分に分かっていた津賀留は早口で伝えた。
「現時点で異常なし。お昼ごはん忘れずに食べるように。とのことです」
「子ども扱いすんな。って伝えといてくれ。何事もないならのんびりしててくれ」
「わかりました」
津賀留はスッと章都から遠ざかった。
そのままアリーナ席の後ろの方に移動して、一曲だけ聞いたのち会場を後にする。
ロッカールームへ向かう途中で、外が騒がしい気がしたため寄り道をしてみることにした。
二階にあがり、吹き抜け通路から外を見る。
わぁ。と津賀留は驚いて息を呑む。
人々が群衆となり会場へ足を運んでいた。全てライブに参加する者達だ。彼らはゲート前に列を作りながら開演時間を待っている。
それとは別に長蛇の列があるので、角度を変えて見てみると、販売ブースから伸びているようだ。
開演三時間前からグッズ販売をしていたと思い出す。
最後尾にどんどんと人が集り、誘導スタッフが忙しそうに整列を行っていた。
「すごいなぁ」
と呟きながら、津賀留は人々を眺めながら通路を歩いた。
期待に胸を膨らませている人々の熱気に当てられたかのように、軽快な足取りで階段を降りた。
勢いをつけて通路に出て壁の出っ張りを避けた途端、出遭い頭に小さな段ボールを持っていた女性とぶつかった。
「きゃ!」
「わあ!」
女性は後ろによろけながら段ボールを落とした。ボロボロボロと、個包装されたリミット乙姫グミが通路にばらまかれる。
「あらら。やっちゃった」
女性が苦笑しながらしゃがみ、ダンボールを拾いあげ、落ちているグミを回収し始めた。
「ごめんなさい! 手伝います!」
津賀留は謝りながら、しゃがんで拾い始める。手際良くグミを回収して女性に手渡すと、頭を下げた。
「本当にごめんなさい。全部ありますか?」
女性は微笑む。
「大丈夫よ。手伝ってくれてありがとう」
立ち上がりながら、気にしないでと付け加えるが、津賀留を見て何かに引っかかったのか、怪訝そうに眉をしかめた。
ジロジロと確認するような視線がきたので、不安から津賀留の胸がドキっと鳴った。
女性は小さく首を傾げて
「どこかで…………貴女はここのスタッフの方?」
不思議そうに問いかける。
「え…………はい!」
津賀留は否定しかけたが、スタッフ証を掲げていたので肯定した。
「そうなのね」
女性は無表情で津賀留を凝視しつつ
「ここで働くのは今日が初めて?」
と確認してきた。
津賀留は堂々と頷く。
「はい。人手が足らないからとヘルプで呼ばれて来ました」
時々潜入捜査も行っているため、相手に不信感を与えないような言い回しは出来る。
嘘にならない程度にふんわりと答えてから
「失礼を承知で尋ねますが、貴女は事務所の方なのでしょうか?」
部外者が勝手に入り込んだと誤解されたかもしれない、とドキドキしながら聞き返した。
女性は首を小さく振りながら、いいえ、と否定する。
「私は星関食品株式会社の広告担当の樹錬といいます。グミ制作の依頼をしてくれたお礼に、スタッフさんにリミット乙姫グミをお配りしている最中です。手を出してもらえますか?」
津賀留が手を出すと、樹錬はその手にグミを一つ置いた。
「どうぞ」
「え!? あ、あの?」
スタッフではないのに貰っていいものか、と戸惑う津賀留だが。
「食べた感想は会社にメールで伝えてください。開発部が喜びます。では失礼します」
樹錬は会釈をしてその場から足早に去っていった。
追いかけるほどのことではなかったため、津賀留は樹錬に背中に向って大声で呼びかけた。
「あの! 有難うございました!」
樹錬は振り返りペコっと挨拶をしたあと、角を曲がって視界から消えた。
見送りが終わると、津賀留は手の上にあるグミに目を止める。
リミット乙姫グミは、グッズ販売ブースにしか置いていない限定品だ。話によれば、チケットを購入した人だけが買えるらしい。そして大変美味しいという噂を聞いている。
津賀留はジッとグミを見つめた。
とても美味しそうに感じて、ごくっと生唾を飲み込んだが、すぐにポケットの中に入れた。
「えへへ。息吹戸さんに差し上げよう。喜んでくれるといいな」
息吹戸がお土産に喜んでいる姿を想像しながら、津賀留はによによと笑みを浮かべた。
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次回更新は木曜日です。
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