第24話 ここは現実?で、私は…?
『私』の奇妙な言動は空腹によるものだと気づいた男性は、ここで待っているように告げて、近くに駐車している車に急ぎ足で向かった。
助手席に置いてあるコンビニ袋から残っていたメロンパンを手に取ると、すぐに『私』のところへ戻った。
大人しく待ってるのを見て、余程空腹だったのかと意外に思いつつ、『私』にメロンパンを差し出す。
「今はこれしかない」
『私』は差し出されたメロンパンをジッと眺めた。
(お腹がなるって初めてかも。このパン、見た事のない銘柄だ。うーん、何度か夢の中で食べる事あるけど、いつも味がないんだよねー。空気食べているみたいな感じで)
「ほら、食べなさい」
と男性から再度促される。
(……まぁ、好意は受け取るか。起きたらちゃんとしたご飯食べればいいんだし)
『私』は軽く会釈をしてメロンパンを受け取る。ふわふわで少し硬い手触りだ。
ビニール袋を開けると甘い香りが鼻腔をくすぐった。
大変おいしそうだなと思いつつ、パクッと一口。
(んんんん!?)
ほわっと、もちっと、柔らかい触感。そしてザラメの甘い味が脳に届く。
(味がある!?)
衝撃だった。
夢では食べ物はおいしいイメージは残るものの、味はわからなかった。
だがこのメロンパンは味がしっかりわかる。
噛めば噛むほど唾液が出てくる。
パンを飲みこむと喉の渇きを訴えてくる。
胃に食物が入り、内臓がぐるぐる動き始めるのが分かる。
口の中のものを飲み込んで、ショックで体が固まる。
(あれ? え? どーいうこと? これってまさか……)
いつもの夢と違うことに気づいて、『私』の背中に冷や汗が流れた。
(これは、夢ではなくて、現実……?)
『私』はすぐに自分の腕の袖をまくった。
今までの経験上、夢かどうか確かめるにはこうするのが一番である。
思いっきり爪を立てて自身の腕を、手首の裏に近い部位を引っ掻いた。
皮膚が破れて鮮血が出る。そして痛みもしっかり伝わった。
「嘘!? めっちゃ痛い!」
「な、何をやっとる!」
男性が慌てて『私』の腕を掴んで傷の具合をみる。他愛もないひっかき傷だと分かると、ホッとした表情になり腕を離したが、すぐに『私』の両肩を掴んだ。
「どうした息吹戸!? 錯乱しとるのか!?」
異変を探ろうとする鋭い視線と、心配している感情を向けてくる。
「まって……まって、まって、まって?」
だが『私』にそれを推し量る余裕はなく、この状態に激しく戸惑うばかりである。
腕から伝わるズキズキした痛みに動揺して、心臓の鼓動が激しくなり呼吸も荒くなる。
ショックから足がガクガクと震えてきた。
「これは現実……? 現実なの? 嘘でしょ!?」
男性は『私』がパニック状態に陥ったことに気づいた。
「儂を見るんだ息吹戸! 深呼吸をしなさい! 落ち着きなさい! 大丈夫だから落ち着きなさい……大丈夫、大丈夫」
男性優しい呼びかけを聞いて、『私』は正気を取り戻した。
(そう、そうだね。とりあえず落ち着かなきゃ……パニックが一番マズイ、ホラー映画だと真っ先に死ぬことになる。よし、瞑想しよう)
目を瞑って、深呼吸を繰り返すと、体の震えが消えた。
(私の名前は息吹戸じゃない)
そして夢と現実の違いを比較するため『私』を思い出すことにした。
(そもそも、私の名前は……)
『私』という存在は。
(名前は■■■■で、■■歳。■■■■家族構成で、職業は■■■■。アニメや小説などのオタ活動を盛んに■■■■、ホラーやSFや神話や映画好き。私が住んでいた場所は■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■)
記憶が、まるで海苔弁と化した書類のように何も読めない。
「っ!?」
ヒュッと鋭く息を飲んで、『私』は目をバッと開けた。落ち着くどころか、さらなる混乱を追加してしまった。
(何も、思い出せない、だと!)
嫌な汗が出る。精神的ショックから力が抜けて、ぽとん、とメロンパンが地面に落ちた。
(……なのに、趣味だけ覚えている辺りがなんか私らしい)
少しでも覚えたと前向きにとらえたが、あまり役に立たない、とセルフツッコミをして終わった。
(でも何も覚えてないのに、この体が『自分じゃない』ってこと。この世界が『私の住んでいる世界じゃない』って知っているのは何故? 思い出せないのも怖いけど、自分は別の場所から来たって言い切れるのは何故? めっちゃ怖い、ホラーだ)
サァァと血の気が引くのが分かった。顔面が真っ青になって嫌な汗が出る。
(まずは落ち着こう。冷静に動けばホラー展開でも生存できる。パニック禁止。よし、おそらくこの状態は『転生』ではない。転生なら息吹戸の記憶が多少なりともあるはず。だって小説ではそーいう展開多かったし)
事実は小説より奇なり。
そんな言葉がぐるぐると頭を駆け巡る。
(でも私の場合は全く何も分からない。だとすれば『憑依』と考える方が無難で、その場合は殆どキャラが死んでることになって……え? ってことは私死んでるの!?)
最悪な状況がまた一つプラスされたので、すぐに考えを否定した。
(いやいやいや、意識だけ飛んで行った可能性もある。でもなんでこんなことに。夢だと思っていたのに現実だなんて嘘でしょう? 泣きたい……これからどうしよう……どうすればいいの?)




