第226話 ライブ警備責任者の憂鬱
〇相容れない意見〇
滝登りドームは屋根付きのドームスタジアムだ。都市部の中にあるため交通の便がよく、イベントで多くの人が集まる場所である。
ライブや展示会に使用されるのはもちろん、可動式天然芝フィールドがあるためスポーツ観戦の会場としても使用される。
収容人数は四万人。座席のみの場合では三万人だ。
今回は座席指定ライブ。今が旬の人気アイドルともなれば予約席は殆ど埋まっていた。
勿論、脅迫文が届いたことは公式に記載されており、キャンセル希望者に全額払い戻しも可能であったが、ライブ中止がないと分かると、殆どの者はキャンセルをしなかった。
従僕が出現することが日常茶飯事である天路国民は、いい意味でも悪い意味でも、異界からの侵略に慣れていた。
一般人の大半はある程度戦う力をもち、義務教育で対処法学んでいるため、平たく言えば臨時戦闘員として戦闘可能である。
その心構えは頼もしくあるが同時に、危険に慣れている事で自体を甘くみてしまう欠点でもあった。
企業側は実害が起こると確信できなければライブの中止を考える者はいなかった。
脅迫文が届いてすぐにアメミットに調査に依頼したが特に異常は見当たらないと報告を受けた。そのため何事もないと判断して予定通り行う意向を固める。
しかし、タレント事務所の認識とは逆に、アメミットはライブ中止を訴えてきた。カミナシからは日程変更を提案してきた。
念には念を入れる。という姿勢である。
彼らが神経質になっているのは脅迫文の差出名が屍処の仮室だからだ。
仮室の二つ名は『惨劇の監督』。
何も知らない人を役者のように動かして凄惨な現実を創り出す。まさに悲劇。
過去に仮室が起こした惨劇は千を超える犠牲者がでたこともあった。
大規模なイベントが行われる直前で届く事が多いため、その名は企業に周知されており、名が届いた場合は慎重になること、と通達されている。
「それは知っている。だからどうした」
と、花尾大知は鼻で笑った。
彼は三十代前半の男性。背は百七十センチほどでややぽっちゃりした体形だ。短い髪をワックスで固めてとがらせている。ふっくらとした顔の輪郭で、目も鼻も口も小さく、やや中央に寄った顔つきだ。
スーツで身なりを整え、上物の革靴を履いている。
花尾はリミット乙姫のマネージャーである。
いつもは礼儀正しいが、目の前の女性の対応に苛立ちが募り、横暴な座り方をしていた。
「しかし……こちらとしては賛成できません」
スーツの上にアメミット専用の紺色ジャケットを羽織ってる三十路手前の女性が、姿勢をピッと伸ばしつつ、しかめっ面で不満を表した。
百七十センチと長身で筋肉質。長い髪をみつあみにして後頭部にまとめている。薄い眉毛、垂れ目の目に赤いラインが引かれている。鼻は低いが、ぷるっとした唇がキュートさを醸し出していた。
彼女は今回のライブ警備責任者、彩里弥静である。アメミット従僕対策部署第三課討伐四班に所属し、班のリーダーを担っていた。
「考え直すことはできないでしょうか?」
「はあ?」
花尾はテーブルを拳で叩いた。
彩里弥が調査結果を伝えに来たため、二人は事務所の会議室にいる。
何も異変がないと伝えに来たその口で、ライブ中止を提案されて花尾は怒り心頭だった。
「そちらが調査して異常なしと判断したのなら、中止する意味はないのでは?」
その通りなので彩里弥は無言になる。
それみたことか、と花尾は皮肉を含めた笑みを浮かべた。
「爆発的な人気が起こったタイミングでライブを行えば、彼女たちの地位は確固たるものになる。彼女たちの願いでもあるんだ。このチャンスは逃せない!」
「気持ちは分かりますが……」
「社長からも予定通り開催するよう言われています。貴方たちが厳重な警備をするのならば問題ないはずだ。どうせいつものように何も起こりはしない」
屍処の名を使ったイタズラは多い。
脅迫文、予告文、殺人予告など届くがその殆どが偽物である。何もないか、些細な妨害が関の山だ。
花尾が首を横に振って、これ以上の対話は無用だと示す。
彩里弥に困惑色が浮かぶ。調査班が動いているが屍処が脅迫状を送ったと確定できる材料はない。
ぎゅっと拳を握りしめる。そしてすぐに力を抜くと、彼の言葉に同意するためゆっくり頷いた。
「……その通りです。私たちが周囲を警戒すれば問題ありません」
「でしょう! 二日後のライブ、よろしくお願いします!」
花尾はぱぁっと顔を輝かせて腰を浮かせ、手を伸ばして握手を求める。彩里弥はちょっとだけ背筋を後ろにそらして、ゆっくりと花尾の手を握り握手を返した。
「アメミットの警備があれば鬼に金棒だ! いつものように頼りにしています! ライブは絶対に成功させたいんです。どうかお力をお貸し下さい!」
「わかっています。全力を尽くしますのでご安心ください」
自信に満ちた笑みを浮かべた彩里弥に、よろしくお願いします、と花尾は何度も頭を下げた。
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