第22話 知り合いらしいが知らない人達
その後は無言のまま階段を降りて、一階に到着した。フロアの壁に自動販売機や企業案内のプレート、長椅子、観葉植物が置かれている。
スライドドアが左手にあったのでそちらに足を向けると、祠堂は回れ右をして反対側に歩き出した。『私』は気になったので声をかける。
「どこ行くの?」
「俺は裏口から出る。……またな津賀留」
祠堂は片手をあげて津賀留に呼びかけるが、津賀留は苦笑いを浮かべた。
「祠堂さん。もしかしてまた無断で息吹戸さんを追って来たんですか?」
任務ならば逃げるように裏口に回る必要がないと想像しての質問だったが、祠堂がギクッと肩を動かして肯定した。
津賀留は「やっぱりそうでしたか」と小さく呟いた。
「重ね重ね有難うございました。祠堂さんのお陰で私と小鳥課長の命が救われました。部長にもしっかり報告……」
「俺のことは誰にもいうな!」
祠堂が顔色を変えて拒否するので、津賀留は困ったように眉を顰めた。
「そーいうわけにも……本当のことですし」
「わざわざ追って来たってほんと?」
『私』が不思議そうに祠堂に問いかけると、彼の目が激しく泳いだ。
「そ、それは、たまたま居場所が分かって。たまたまだぞ! 来てみたら目隠しの結界があったから何事かと思って入っただけで! たまたまだ!」
意図せずにたどり着いたと強調されればされるほど、祠堂と息吹戸に何か因縁があると『私』は感じ取った。
(そういえばこの人、ストリートファイトしようとしたなぁ。険悪な関係かも。でもこの人のお陰でミッションクリアができたから、お礼は伝えないといけないかな)
「そっか、協力ありがとね」
「え!?」
よほど意外だったのか、祠堂は顔を青くして額から冷や汗を流した。
困惑しながら「あ、ああ」と皺枯れた声で頷いたところで、ハッと我に返る。
「つ、次こそ勝負だからな!」
「え? 勝負? 遠慮します」
「首洗って待ってろよ!」
否定するも、祠堂は言い捨てながら物凄いスピードで走り去った。
『私』は去って行く背中を眺めながら、ふぅん、と声を出す。
「あの人は仕事で来たわけじゃないのか。変なの。いきなりストリートファイト申し込まれたけど、難癖をつけるっていよりも戦うのが趣味なのかな? どう思う?」
意見を聞こうと見下ろすと、津賀留は化け物をみたように顔色を青くしながら『私』を見ていた。
「息吹戸さんが、お礼を……言って、る? この世の、おわり……」
(こっちもこっちで……)
普通の対応をしているはずだ。
当たり障りのない普通の大人の対応のはずだ。
なのに、そのたびに驚かれてしまい、珍獣を見る様な眼差しを受けて『私』は疲弊してきた。
(夢の中なのにメンタル疲れるって一体……)
「まあいいか、ビルから出よう。出たらエンディングか、目が覚めるかな?」
気を取り直して、『私』はスライドドアから外へ出た。
寒空の空気が全身を纏う。
「へっくしゅん」
津賀留がくしゃみをした。白いローブの下が薄着であると気づいたときにはもう遅かったが、『私』の服もワイシャツとズボンしか身に着けていない為、服を分けてあげることができない。
どこか暖かい場所があるか探そうとした時、
「出てきた!」
「いた!」
「無事か!?」
数人の男女が必死の形相でこちらに駆け寄ってきた。
「うわ……」と『私』は声をあげる。一瞬逃げ腰になるものの、津賀留の表情が明るいことに気づく。
知り合いのようなのでその場で待機した。
ついでにやってきた人物を一瞥する。
どれも顔の偏差値が高いのが第一印象だ。彼らは襟首と腕に白色模様が入った茜色のジャンパーを羽織っている。その下はシャツやらボタンシャツやらズボンやスカートで色も質感もバラバラなので、統一されているのはジャンパーだけである。
「無事だったか津賀留!」
「よかった!!」
「津賀留心配したぞ!」
彼らは津賀留にどっと詰め寄り、口々によかったと声に出ものの、『私』と一切視線を合わそうとしていない。
『私』が見れば見るほど、彼らはこちらに背を向けた。
(ふむ。とりあえずあっちに移動するかな)
お邪魔だと察知して、ゆっくりとした動作で、ススス……と横へ逸れた。
そして津賀留を眺める。彼女は安堵の表情を浮かべながら彼らに事情を話していた。
(私の立ち位置はどこだろう? 彼らの仲間なのかな? 臨時のバイトなのかな?)
彼らは『私』と一定の距離を開けて、それを保とうとしていた。
人間関係はわからないが、これだけはわかる。
『私』は嫌われている、若しくは、敬遠されていると。
(まぁ、べつにいいか。夢だし)
『私』は特に気にすることもなく遠巻きに眺めていたが、担いでいる小鳥の存在を思い出した。彼を病院に連れて行かなければならない。
集団に声をかけるのは躊躇われるので、手隙の者がいないか探していると、背後から声をかけられる。
「担いでいるのは小鳥さんか? かせ」
振り返ると、そこには高身長でかなりのイケメンの二十代男性が立っていた。
端正な彫りの深い顔に、苦虫を潰したような渋い表情を浮かべている。こちらを見る瞳に敵意があった。
業務だから仕方なく声をかけたと態度にありありと出ている。
まともな人間じゃないと感じて、『私』は関わらないほうが良いだろうと判断した。
とはいえ、小鳥を引き受けてくれるのは助かると、『私』はすぐに肩から下して横抱きにしたあと、男性に差し出した。
「はいどうぞ。怪我をしているからすぐ病院連れてってあげて」
「……どうぞ?」
男性は怪訝そうに聞き返したが、それ以上何も言わなかった。
すぐに小鳥を受け取って肩に担ぎ、路肩に停めてある車の助手席に座らせる。
そのまま運転席に乗り込むと、車を発進させてこの場から去って行った。
(どうか小鳥さんの命が助かりますように)
『私』は両手を合わせて少し祈るが、
(あれ。これ祈ったら、ご冥福っぽい?)
死者を見送っているような気がして、すぐにやめた。