第21話 残ったゾンビは放置された
屋上から下へ降りる階段は、一階まで続く何の変哲もない踊り場付き折り返し階段であった。
すぐ下のフロアについて何気なく通路に出ると、三メートルほど離れたところにドアがあり、その横に企業名が書かれたプレートがあった。
どうやら一つのフロアに一つの企業オフィスが入っているビルのようである。
「全く違う。こんなにも違うなんて驚きだ」
と呟きながら『私』は一段ずつ降りていく。
無限ループのような通路も、規格外の広さもすべて作られた空間であり、侵入者を惑わす迷路のような役割を果たしていた。
「降臨の儀式に気づかれても、時間を稼げるように仕掛けたんだと思います。私も通りました。従僕を沢山召喚して、怖かったです」
『私』と手をつないで歩く津賀留が、ぶるっと体を震わせた。
祠堂は階段の踊り場で足を止めて、「チッ」と舌打ちをする。
「だからって。こんなに大規模の禍神降臨儀式に全く気づかないのはおかしい。カミナシだけではなく、アメミットにも、今回の事は上に文句……報告をしないと」
(禍神に対抗する組織は二つあるってことなのかな?)
『私』は二人のやり取りを聞きながら考えていると、六階と書かれたフロアにゾンビの気配が漂っていることに気づいた。
階段で足を止めてその方向を見る。企業オフィスの中に数体ほどいるようだ。
(ゾンビ達は元の世界に還らなかったらしい)
このビルの脅威はまだ終わっていないようだ。
『私』は祠堂を見上げた。
「残っているゾンビは放置するの? 倒すの?」
祠堂は興味なさそうに肩をすくめる。
「どうせカミナシが後始末するだろ。アメミットの出る幕はない」
「なるほど。ところでヤンキーお兄さん、アメミットやカミナシってなに?」
話の流れでついでに固有名詞について聞いてみたが、またしても変な空気が流れる。
祠堂は首を傾げて「お前、今日はどうした?」と聞き返す。
津賀留は不安そうな顔になると、握っていた手を放して腕を体に引っ付けた。
「そうですよ。アメミットは法の番人で、天路国家機関の名称です。そして祠堂さんはそこでも凄腕で単身でも禍神案件を任されるほどの実力者ですよ!? 本当にどうされたんですか!? ヤンキーお兄さんと呼んでいますが、祠堂さんは真面目で思いやりのある人です。無視するよりも酷いですよ」
(津賀留ちゃんが説明してくれた。チュートリアルはまだ終わらないんだ)
「熱が入ってたけど、もしやあれって津賀留ちゃんの彼氏?」
「違います! 絶対に違います!」
津賀留は全身全霊で否定して、心外だと目尻を上げて睨む。
「……冗談だって」と『私』が取り繕うと、津賀留から険が取れた。
(あれだけ激しく拒否したらヤンキーお兄さんショック受けるんじゃ?)
振り返って祠堂の反応をみる。彼は『なに言ってんだこいつ』みたいな顔をしていたので、二人は恋人同士ではないようだ。
もしや二人は無自覚ではと邪推するも、この件を深堀する必要はない。『私』は別の質問に切り替えた。
「じゃぁ。カミナシはどんな機関?」
「いい加減にしろ、自分の所属機関だろうが! あの手この手で馬鹿にしやがって!」
祠堂がイライラしながら「この話は終わりだ!」と一方的に終了した。
(なんか怒った。どうせならもっと設定情報が欲しかったんだけどなぁ)
取り付く島がなくなり『私』はがっかりした。その姿をみた津賀留は、眉を潜めて心配そうな視線を向けていた。
三階に着いたところで、「ファウストの現身」と祠堂が呼んだ。
『私』が視線を向けると、疑惑の眼差しが飛んでくる。
「津賀留を助けに来たのは、お前一人か?」
『私』は始まりの状況を思い出して、頷いた。
「他に誰かいたの?」
祠堂は少し考えて、首を左右に振った。
「姿はみていないが、このビルに入った直後、別の気配があったような気がして……無視できないほどの只ならぬ気配だったが……。いや忘れろ。俺の気のせいだ」
このビルに侵入した時に感じたもう一つの気配は禍神だったのだろう。
先に入った息吹戸が何も知らなければ、気にしなくていいことだと判断して、祠堂は疑問を頭から消した。
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