第195話 伝わらず拒否される
玉谷は電話を終えて席に着いた。
ちら、ちらと息吹戸に視線を向けて様子を探っているが、今は変化がない。
先ほどは焦った。と玉谷はゆっくり息を吐く。
息吹戸の意識が変わるような感覚があったが、体に結びつく霊魂は前よりも強固になっている。不思議なことにそれが息吹戸の手によって行われていると、さきほど探り当てた。
秘術を使ってまで、体内に閉じ込めておきたい何かがあるということだ。
そこで息吹戸瑠璃は周旋人であると気づいた。菩総日神の密偵を受けて動く人間。もしかして今回の件は、任務で起こったのではないかと勘ぐる。
問いかけたいが、今の状態で聞いても分からないと答えるだけだろう。
ため息を再度行うと、息吹戸が視線をあげてこちらを見た。
バツが悪そうな表情を浮かべるも、心配そうに眉を潜める姿は今も昔も変わらないな、と懐かしく思う。
口では何も言わないが、感情の起伏は態度に現れていた。少しだけ袖を掴んだり、座ると少しだけ距離を詰めたり、人に懐かない猫のようだと美都と笑いあった日々が思い出される。
不意に目が潤んできたので、玉谷は目頭を押さえて少しだけ鼻をすする。
「そうだ!」
息吹戸が椅子から立ち上がって玉谷を凝視した。爛々と目が輝いている。何か良からぬことを企んでいると玉谷は嫌そうな表情を浮かべた。
「部長! 今度長い休みとって瑠璃を探しに行ってきます! あっちが戻れない事情があるならこっちが探しに行けばいいんですよ! 魂が集まる場所とか不穏な例の集まる屋敷とか邪神召喚跡地とか、なにか面白い場所ありますか?」
最恐心霊スポット巡りを計画するようなセリフをはきながら、息吹戸は音楽のリズムにノッているように体を動かしている。
やっぱり、と玉谷は眉間にしわを寄せながら頭を押さえる。
ちらりとドアを見て、その向こう側の気配を探して、異常がないと確信してから口を開いた。
「あと二日で磐倉がここに戻ってくるから、そんな心配はしなくていい」
きょとんとしながら息吹戸は動くのをやめる。
「そーいえば、前にも言ってましたね。磐倉さんって人が解決してくれるんですか?」
「そうだ。彼の目は真実を暴く。だから今は、儂の目の届く範囲で行動してくれ」
息吹戸はジト目になりながら、ゆっくりとため息をついた。
「それは別にいいんですけどー。でも部長。『私』のこと信じていませんよね? あえて信じたくないのは分かっていますけど、少しはこっちの事情を察してください。元の世界に戻るため息吹戸瑠璃を探すので協力してくださいよ。従僕いたらついでに倒してきますからー」
にこり。と笑う息吹戸。
玉谷は動揺して視線が揺れた。数十秒、面倒だと言わんばかりに「はぁ」と息を吐く。
「もしもの話をする。もし仮に儂の目の前にいるのが息吹戸ではない別の誰かならば。侵略世界のモノならば殺傷処分することになる。それは分かっているだろう?」
異世界のモノが入り込んでいたのなら、すでに『息吹戸瑠璃』の魂は消滅しており、彼女を死に至らしめたモノが目の前にいる。
そう考えると全て辻褄が合うというのに、玉谷は認めたくなかった。
だから異界の者だと言い出す彼女に、少しばかり制裁の意味を込めて、玉谷は警告を発した。
「言葉に気を付けることだ。お前が対象になったら儂が手を下すことになる」
彼女が殺傷処分対象になれば、玉谷は自らの手で行うつもりだ。ほかの者が手を下すくらいなら自分で手を下すほうが良い。そう決意していても実行したくはないが。
「わかってますって」
軽く頷いた息吹戸。警告が全く伝わってないと玉谷はがっくりと肩を落とした。
「でも部長はあからさまに避けているでしょ? 私は息吹戸ではないと信じたくない気持ちは十二分にわかります。だから」
「本当にそれを言葉にする危険性を分かっているのか?」
「もちろんですって」
鋭く睨んでも息吹戸は笑みを増すばかり。玉谷の心情をあざ笑うように、当然と胸を張って頷いた。
「だったら……。ああもう、なにも言うな。儂はもうこれ以上聞きたくない」
参ったように渋い表情を浮かべて、玉谷は乱雑に頭を掻いた。
ハッキリとした拒絶を感じて、息吹戸は苦笑を浮かべてため息ついた。
「あー……そうですね。パパの言う通り、私は普通の記憶喪失でいいです」
息吹戸は大人しく椅子に座り、頬杖をついて、ディスプレイを眺める。
(パパがはっきりと懸念を言ってくれたから、今後はもう記憶喪失として皆を騙したってことにしよう。万が一にも私が四つの世界の住人だったとしたら、パパに被害がでる)
眠そうな表情を浮かべてため息をつく。
(あー、めんどくさいー。『私』が『異物』だと判明したらすぐに殺されるだろうなぁ。どうしようかなぁ。いやいや、でも瑠璃探しをするのは別にいいよね。もうパパにいろいろ言わなくても旅行いきますーっていうくらいならいいはずだよ!)
息吹戸は目をきらりと輝かせた。
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