第20話 犠牲ありの救出成功
立ち上がった途端、くらっと眩暈が起こった気がして、『私』は額に手を当てた。
特殊能力を連発したので疲れたみたいだと、ため息を吐き、肩が凝った気がして何気なく肩を回す。
そんな『私』を、祠堂は目を白黒させて軽く仰け反り、津賀留は茫然としながらジッと凝視している。
視線に気づいた『私』が「なに?」と声をかけた。
「ファウストの現身にそんな力があったなんて……驚いた」
祠堂が驚いた顔のまま答える。
転化を解く術を得ている者はそう多くない。ましてや息吹戸が使えたとは全くの予想外だった。彼女がこの術を扱えるのなら心強いと浮足立つが、その反面、なぜ今まで使わなかったのかと憤りを覚える。
二つの反する感情に混乱した祠堂は、つい、いつもの癖でギリッと強く睨んだ。
「なんで今まで黙っていた!? いつから使えたんだ!? それがあれば間に合った奴も……」
「初めてやった」
「いま、なんて?」
「初めて試してみたら成功した」
あっけらかんと言った『私』に、祠堂が眉を潜める。
「だから、文句言われてもどうしようもないんだけど」
と、『私』は首を傾げながら頬に手を添える。
怒鳴られるのは不本意だが、津賀留の行動をみるに、転化を阻むため死を選ぶ人間が多くいると想像できる。
だから能力を隠したり勿体ぶってないで、必要な時にガンガン使えと言いたいのだろう。祠堂と会うのは初めてだが、このストーリーでは『私』と面識があるようだ。知人設定ならば彼の怒りも頷ける。
「今、初めて試した?」
「今、初めて試したんですか?」
と、祠堂と津賀留が聞き返した結果、二人の声が見事にハモった。
次いで、「でもなんで急に使えるようになったんですか?」と津賀留が首を傾げ、「その力は元々あったものなのか?」と祠堂が不思議そうに首をひねる。
二人の声がハモった質問に対して、『私』は「良くわからない」と曖昧かつ正直に答えた。
「分からないって……なんだそりゃ」
納得いかないと祠堂が眉を潜めるので、『私』はもう少し具体的に答える。
「鏡にまつわる神話をイメージしたら出来ただけ」
「神話……なんだそれ?」
祠堂は意味が分からないと呟きながら頭を掻く。
(説明は無意味だな。きっと私のことなんて理解できない。だって夢と現実の差があるから)
『私』は話を途中で切って、小鳥を左肩に担いだ。
(うっ! 意外に重い……)
夢なら担げると思っていたが、見た目よりも重量がある。持てないほどではないが重いものは重い。階段ではなくエレベーターを使って降りたい気持ちになった。
「ファウスト、話はまだすんでないぞ」
祠堂が苛立ったように呼びかけたので、『私』は首を左右に振った。
「終わり良ければ総てよし。細かいことは気にしない。まずはこの人を病院に連れて行かなきゃ。えーと、津賀留ちゃんは一人で歩ける?」
「はい! 大丈夫です!」
津賀留は右手を上げながらサッと立ち上がり、元気よく答える。ぶかぶかな白いローブを羽織ったままでは、動くたびに幼児のような愛らしさがにじみ出てしまう。
(ぶかぶかな服で動くとほんと可愛い)
『私』は津賀留を数秒眺めてから、祠堂をみる。
「ヤンキーお兄さんはどうする? ここにいる?」
祠堂はチラッと鏡の向こう側を確認して、苦笑いを浮かべた。
「いいや。後始末はカミナシに任せる」
「そこから生存者はみえる? っていうかいる?」
「残念ながらいない。今はこのまま閉じておくのが一番だ」
『私』は窓から外を覗いた。
最初は十人以上がいた屋上であったが、今は黒いローブが点々と落ちているだけで、全て綺麗に消えていた。
儀式は阻止できたが、多くの犠牲者は出てしまったようである。
津賀留や祠堂の知り合いがいないことを祈りつつ、『私』は「しょうがないね」と言いながら背を向けた。
救える命は限られている。優先順位をつけた結果なので後悔はない。
「私がもっと注意していれば……捕まらなければ……あの人たちはきっと……」
津賀留が項垂れて気落ちした声を出した。彼女にしてみれば助けようと思っていた人たちだ。見殺しにした挙句生き残ってしまい、強い後悔の念を抱いている。
「どんまい。今回はこれで手を打とう」
『私』がフォローすると、津賀留は悔しそうに唇を噛みしめた。
「もうこんなミスしません。今後はしっかり息吹戸さんの指示に従います」
「それもどうだかね」
『私』が階段に向かうと、津賀留が後を追ってきた。津賀留の足取りはふらついて危なげである。転化解除は体力回復もしないようだと『私』は察した。
(階段で転げると危ないかも)
「行こうか」
『私』が右手で津賀留の左手を握ったら、彼女は吃驚したように瞬きをして、「はい」と嬉しそうに頷いた。
読んで頂き有難うございました。