第191話 本題に入ってみた
ドサドサ。と玉谷の手からリングファイルが滑り落ちた。それが積み重ねたリングファイルに当たると、大半のリングファイルがデスクから滑り落ちる。
「ありゃりゃ。拾いますね」
息吹戸がデスクに近づくと、さっとしゃがんで四冊ほど拾い上げてデスクに置く。またしゃがんでリングファイルを拾った。
「……」
玉谷は目を見開いて固まっていた。聞き間違えかと疑ったが聴覚は老いていないはずだ。
先ほどの言葉がぐるぐると脳内に反響して色々な記憶が蘇る。学生時代の息吹戸は自宅に住まわしていた。プライバシーの侵害を掲げ、玉谷を決して部屋に招かなかった。
「……お前の家に泊まれと、今、そう言ったのか?」
「そーですよー」
「いや、それは、無理だ、ろう」
とりあえずすぐに拒否する。
「そうですか? 仮眠用に家を使うのであれば構いませんけど。泊まるならは部長用に布団一組買います。それに余計な荷物がないので見られても困るものはないし。ちょっとしたホテルみたいなものですよ」
平然とした息吹戸を眺めて、玉谷は困った様に眉を下げて首を左右に振った。
さり気なくオフィス入り口のドアが閉まっていることを確認する。会話は通路には響いてないだろうとホッとした。
「無理を言うな。父親が娘の家に泊まりに行くのはおかしいだろう」
息吹戸は不思議そうに首を傾げた。
「旅行とかだったら普通にアリだと思いますけどね。ほら、私とパパは仲良しです。こーいうのは娘の好感度の問題でもありますから、大丈夫ですって。遠慮なく泊まりに来てください」
清々しい息吹戸の態度を見て、玉谷は肘をついて頭を抱えた。変な汗が出てくる。
「気持ちだけは受け取っておくが、儂は絶対に使わんぞ」
「わかりました。でも、使えるってことだけ覚えておいてください」
念を押すと、玉谷は呻いた。
「儂は絶対に使わん……」
頑なな態度を眺めながら、息吹戸は「はいはい」と軽く相槌を打ちながらデスクにリングファイルを置く。これで全部拾った。
玉谷の生活についてこれ以上言う事はできないので席に戻ろうと背を向けたが、青いノートが脳裏をよぎった。
ドアを一瞥して、その向こうに人の気配がないと分かると、辜忌の幹部について確認しておこうと玉谷に向き直る。
「部長、ついでにもう一つ聞きたいことあるんですけどー」
「今度はなんなんだ」
玉谷は気怠そうに視線をあげた。その顔にはすでに疲労が溜まっている。
「辜忌の幹部って、何人まで周知されているんですか?」
予想外の質問に玉谷の眉がぴくりと上がる。すぐに険しい表情になり目つきが鋭くなった。
「……誰かに何か聞かれたのか?」
一瞬で警戒された、と息吹戸は苦笑する。
「霊園の事件で幹部の一人が燐木だとわかったじゃないですか。他にも周知されている人がいれば、名前くらい知っておきたくて。私覚えてないし」
「そうか」
玉谷は納得して肩の力を抜いた。表情が穏やかになる。
「燐木は幻術の使い手だとは知っているな。こいつは度々目撃されている。足取りを掴めることが多いが大抵は煙に巻かれる。運が悪ければ同士討ちで全滅している」
息吹戸は頷く。
「ほかは三名の名前が分かっている。久井杉、仮室、阿子木だ。久井杉と仮室はコソコソ裏で動いている。目撃情報はあるものの足取りは掴めない。……阿子木は度々こちらと衝突していたが最近は姿を見せていない」
「じゃぁ現段階で、四人の幹部は確実にいるってことですか?」
「おそらく、だ。降臨の儀が頻発しているので、屍処の半数以上が同時に存在していると思うが、正確な情報が得られていない」
青いノートにも書いてあったので、「屍処って?」と聞いてみた。
「辜忌の幹部七名の呼称だ」
息吹戸が薄く笑みを浮かべる。人数は共有されていているようだ。
「幹部は七人いるってことなんですね。ほかの三人はどんな名前なんですか?」
玉谷はため息をついた。
「七名いると伝わっているが、全員の名は明らかになっていない。把握しているのは四人の名だ。残り三人は分かっていない。名を聞く前に始末することもあるからだろう」
「アメミットも知らないんですか?」
「知らないはずだ。辜忌の情報は全て共有する義務がある」
なるほど。と息吹戸が苦笑を浮かべた。組織で調べられないことをどうやって調べたのか謎だが、諜報の腕は凄かったんだなと感心する。
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