第188話 黄色いノートの記録
最初の一ページを見て、息吹戸は「うっ」と息を飲む。
大小さまざまな大きさのマーカーで阿子木への怒りと恨みがつづられていた。
家族を殺された恨み、同僚を殺された恨み、玉谷を狙っている恨みと憎しみが重なり、途中から『阿子木殺す・死ね・必ず殺す・楽に殺さない』など、語彙力の消えた言葉が並ぶ。
他はカミナシ全体の不甲斐なさ、アメミットの迂闊さへの悪口、祠堂の悪口などなど書き綴られている。どうやら祠堂のよぶ二つ名が相当気に入らないようだ。センスなし男とか書かれている。
「これクリアリング・ノートだ」
クリアリング・ノート。これは思っていることをストレートに書き殴ったあと、ノートを閉じて落ち着いたら、次のページに書きなぐった言葉に自分のアドバイスを書く方法である。
これだけでも感情のコントロール技術が向上すると言われている。
「ならロジカル分析ノートもあるはず……」
探してみるがない。もしかして、と反対側のページを開くとそこに書かれていた。
ロジカル分析ノート。片方に問題や悩み事を書き出し、何故そう感じたのかを自問自答しながら書き、反対側のページに問題の解決方法を書くというやり方だ。
問題を解決すべきものとして取り扱う方法である。
クリアリング・ノートとロジカル分析ノートを使い、ストレスコントロール術を行っていたようである。
「なるほど。ちょっと分厚いから一冊で使ってたんだ」
パラパラとめくってみる。
書かれていることを要約すれば、個人への悪口は祠堂だけのようだ。彼がつけた二つ名がよほど気に入らないらしい。とはいえ、実力は買っているようで彼に対しての不親切なアドバイスが書き綴られている。
玉谷と津賀留については、無謀な行動について怒り狂っている節がある。
一課のメンバーについては、彼らが危険な目に遭うと、己の実力不足を嘆いていた。
あとはひたすら屍処について怒りが書かれている。目を通すだけで怒りが伝わるようだ。
読むと悪寒がしっぱなしで、何度かゾクゾクしたものが背中を通り抜けた。
分析ノートは日々の業務についての反省と解決方法と、敵に対する折檻や拷問、尋問方法のやり方と改善点が書かれていた。
「こ……これ、ものすごい内容だけど、『瑠璃』って一課のメンバーを信用してるし、津賀留ちゃんのことは滅茶苦茶心配している。あと遠回しだけど『パパ頼りにしている、好き』って書いてるぞこれ。パパが読んだら泣くんじゃない? 最後の最後で胸の内を知ることになるって、キツイと思うんだけど……実は嫌がらせかな?」
息吹戸は苦笑いをしながらゆっくり読んだ。悪寒はするが、読んでいくとなんだか微笑ましくなってくる。
「『瑠璃』もこーやってストレス発散していたんだ。親近感湧く。いくら強くても死が怖くないはずないもんね。戦いに身を投じているから当たり前とはいえ、死の恐怖を味わいながら生活していたら発狂するよ。私だって発狂しかけ――――」
ズキっと心の奥がきしんだ。
心臓を鷲掴みにされたような感覚がして目の前が真っ黒になる。恐怖・苛立ち・疑心暗鬼。黒い感情が全身を駆け巡って気持ち悪くなる。
景色が広がる。
い草の匂いが鼻についた気がする。横向きに寝かされ体は動かせない。目だけで上を見る。月が出ていた。誰かに見下ろされている。何かを、赤い色を、入れられた。
そこで景色が黒に塗りたくられる。
黒塗りで潰されて景色が消えると、目の前に部屋が広がった。
「……はぁ……はぁ……はぁ」
息吹戸は胸を押さえて荒い呼吸を整える。脂汗でシャツがしっとりと濡れている。
ゆっくりと深呼吸をして落ちつくと、胸から手を離した。
「なんの……記憶? あんまり歓迎できるものじゃなさそう……はぁ……はぁ……。この記憶の先に『私』が分かるというの? 悪いことしか想像できないんだけど……」
目を閉じる。思い出せないなら苦く辛い感情を解決する方法なんてない。囚われるだけ時間の無駄だと、黒い感情を振り払った。
「さてと、分かったことをまとめよう。『瑠璃』は復讐するために阿子木を探している。人生をかけたミッションならば……」
よし。と握りこぶしを作った。
「それは私が受け継ごう! 体を返すまでに少しくらい進展するよう頑張ってみる!」
宣言すると、何故か心にストンと落ちてきた。
気がまぎれたので、出勤まで掃除の続きをすることにした。
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