第19話 転化を解く鏡の力
「鏡よ。邪魔なモノを払って、津賀留ちゃんを本来の姿に戻して!」
出るんだ! と強く念じたことが功を奏したか、『私』の声に反応するかのように青銅鏡が現れた。
二メートルほどの大きさがあるため、津賀留の全身が鏡面に写る。鏡に映る彼女は現実とは異なる姿をしていた。たくさんのフジツボが全身を覆うように引っ付いており、フジツボが人型を形成しているように見える。
(フジツボ怪人……従僕になるとこの姿になるのかな?)
そんなことを考えていると、青銅鏡の鏡面から、カッ、と光が溢れた。津賀留に引っ付いていたフジツボが砂になって落ちていき、マーブル模様がみるみる漂白されて人間の肌色に変化する。
鏡面にうつる異物が消え去ると、現実に変化が起こった。
津賀留の体から生えていた貝がさらさらと崩れていき、肌のマーブル模様が跡形もなく消える。
「なんっ……!?」
津賀留がものの数秒で元の姿に戻ったのを見て、祠堂は声を失い硬直した。
「戻ったかな? 目を開けてみてよ」
『私』の呼びかけに反応して、津賀留がおそるおそる薄眼になった。
目の前に鏡が浮かんでいたのに驚き、正座したままぴょんと跳ねてから、映っている姿を見て「え!?」と声を上げる。
艶々した肌に血色の良い頬とピンク色の綺麗な唇がある。
白いローブをめくって手足を、腹部を触ってフジツボを探すが、綺麗に消え去っていた。
津賀留はおそるおそる自分の頬と額を触る。ざらりとした冷たい感触がなく、肌本来の体温と手触りがあった。
「もど、て、る……?」
喋っても口から泡を吐くことがない。なにより、くぐもった声ではなく、透き通った柔らかい声に戻っていた。
「助かった、の……? 死ななくて、いいの……?」
転化が解けたと理解した津賀留は、全身の力が抜けて脱力すると、喜びの涙が頬を伝った。
青銅鏡が役目を終えたと主張するように、スッと消える。
『私』は腕を組んで「なるほど」と呟きながら口角を上げた。狙い通りの結果に大満足である。
(鏡の逸話に基づく力が私の能力みたい。それとボソウ二チ神様が力を貸してくれた可能性もある。どちらにせよ助かった。津賀留ちゃんは絶対に助けないといけないから、成す術もなく殺す選択になっていたらと思うとぞっとする)
『私』は物語のエンディングに進もうとしたが、もう一人、転化を解除しなければいけない人がいることを思い出し、小鳥の前に移動して手をかざした。
(津賀留ちゃんの知人なら助けておかないと。ヒロインを笑顔にさせることが『私』の使命だからね)
「鏡よ、邪魔なモノを払って本来の姿に戻して」
二メートルほどの青銅鏡が出現して、鏡面に小鳥を映し出した。こちらもフジツボ怪人のような姿である。
鏡面が、カッ、と光るとへばりついていたフジツボと肌のマーブル模様が消滅して、五十代で筋肉ムキムキのスキンヘッド男性が顔を出した。これが本来の小鳥の姿である。
『私』は「うん? 姿が……」と訝しがる。
小鳥を一瞥すると、うすっぺらかった白いローブが体の筋肉に添って、もこもこ、と盛り上がった。ローブの中に別の生物が潜んでいたと錯覚するような変化である。
ちょっと不気味だったため『私』は嫌そうに目を細めた。
「ううーん……」
微動だにしなかった小鳥が寝返りをうった。その際にフードが取れて顔がでて、小さくなったローブの端から裸足と手が覗いた。
頭は剥げて輝いているが顔の彫が深くやや面長で、格闘技をやっているような屈強な体であった。
「小鳥さんも元に戻って……良かった!」
津賀留が安堵の息を吐きながら涙を浮かべる。
「そういえば……この人は傷を負っているんだっけ?」
『私』は鏡の効果がどこまで有効なのか気になり、小鳥の傍にしゃがんでローブ袖を捲る。
血で汚れて傷だらけのワイシャツを着て、ボロボロの黒いスラックスを穿いている。拷問で受けたであろう傷が体中に残っており、アキレス腱と右腕の傷からは鮮血が垂れていた。
(怪我はそのまま。肉体回復はなしで呪詛解除のみってことか)
傷をさっと確認したところ、おそらくすぐに死にはしないだろうと判断して、『私』は立ち上がった。
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