第184話 封筒とノート
「中身を確認してみよう」
一番厚さが薄い封筒をビニールから取り出して中を出すと、ひらっと花弁のように出てきたのは、古い新聞記事の切れ端だった。
赤ペンで丁寧に記事を囲っているので、その部分を音読する。
「えーと。信歴25987年9月9日に上梨卯槌の狛犬所属、息吹戸遊種(38)とその家族、息吹戸蜜柑(36)、息吹戸梓(9)が旅行先で辜忌組織と従僕に襲われ死亡。長女の瑠璃(10)は救助され一命をとりとめる…………ん?」
記事を持ったまま息吹戸は固まった。
もう一度、記事を目で追う。
「これ息吹戸家族の記事!? なんとなーく鬼籍に入ってるんじゃないかなって気がしてたけど、殺されてたの!?」
びっくり仰天しながら記事を読み進める。
天路国東方の海辺の町で起こった事件だ。他にも多くの犠牲者が出ている。例の如く、禍神の降臨が発覚しその被害にあったと簡潔に書かれていた。
そして記事にこの家族がピックアップされている理由として、こう記されていた。
『辜忌の屍処の一人、阿子木を討ち取り降臨の儀を阻止するも死去』
降臨の儀を単独で阻止した英雄として記されている。
従僕が溢れかえる場所に家族を残したため、妻と一人の娘が亡くなってしまう結果になった。しかしその苦渋の決断が多くの市民を救うことができたとして讃えられている。
息吹戸は眉間にしわを寄せた。
「そうか。それで……。家族よりも世界を優先しちゃった感じか。それも一つの結果だけど、やるせない。瑠璃が助かっただけある意味マシなのかもだけど。マシなのかなぁ……」
息吹戸は左手で目頭を押させる。
一人生き残ってしまった心情を想像するが、涙は出てこなかった。悲しみよりも苛立ちが沸き上がる。
「単独で阻止ってなんで? アメミットもカミナシも何をやっていたんだろう。その地区にいる人たちでは対応しきれなかったのかなぁ。それとも敵が特殊な能力だったとか……」
例えば
『空間認知阻害で敵の行動がつかめなかった』『別空間に移動能力を持つ者でないと迎えない』『味方が既に敵の手中に収まっており動ける人間がいなかった』
とかとか、さっくり考えるだけでも、色々なパターンが浮かんでくる。
「遊種……瑠璃の父親の名前。変な名前だね。この人は仕事一番で家族が二の次だったのかな。……ううん、置いていかなければならないほど、重要な局面だった。そう思っておこう」
新聞に詳しいことは何も書かれていない。だから特殊な事情により対処が遅れたと推測して納得する。
息吹戸は気怠そうに記事から目を離した。
読み終わったら急に、言い知れぬ悲しみがじんわりと心に広がる。しかし同時に好奇心が湧いてきた。我ながら不謹慎だと苦笑する。
無関係な第三者の立場で考えるのは心が躍る。いけないと思うも、推理小説の謎解きに参加しているような遊び感覚が芽生えた。
「これだけじゃサッパリわからないや。パパに聞けば詳しく教えてくれるはず。でも、心の傷をえぐっちゃうだろうなぁ」
玉谷は後見人と言ったが要は『養父』だ。
遊種と友人関係の可能性が高い。
事件も詳細に調べているはずだ。聞けば、古傷を抉りながらでも教えてくれるだろう。
「まぁ、今は置いといて」
息吹戸は新聞に載っている顔写真を眺める。
男性、女性、少女の顔を眺めるが見覚えはない。どれも瑠璃の特徴に近い顔なので家族だと思うくらいだ。
「そーいえば、家族写真は一枚もなかったなぁ。復讐のために人生を捧げるから過去は捨てる。ってところだね。感傷に浸る時間すらも捨てたのかな」
寂しい気持ちで記事を封筒におさめた。
「さーて。他に何かな!」
次の封筒にはいくつか写真が入ってあった。
そこには記事にあった人物が映っていた。
『赤子を抱く笑顔の夫婦』
『幼児と赤子が二人で映っている写真』
『親子四人が笑顔で映っている写真』だ。
これだけは捨てられず手元に残したようだ。
「ここに置いてあったのか! パパとママと妹の家族写真ってことだね」
眺める間もなくすぐに興味を失った。
「えーと、これは?」
写真には若い玉谷と見知らぬ女性、その間にセーラー服に身を包んだ息吹戸が立っていた。天路中央第三中学と書かれている校門の前に立っていて、胸に入学おめでとうのワッペンがある。
これは中学の入学式だろう。
「わぁ。パパが若い!」
玉谷の若い姿を見て俄然テンションが上がる。渋い紳士のイケオジは若いころもかなりのイケメンだったことが判明した。きっと数多くの女性を泣かせていたに違いない。
ほう。と感嘆の息をはく。
「若いころの姿を生で拝みたい。……この隣に映っている女性はパパの奥さんだなきっと!」
ブラウン色の髪をしたお淑やかで上品な出で立ちの女性。おそらく玉谷と同世代だ。少しやせ細っているため顔の皺が深いが甘く華やかな顔立ちである。凛とした立ち姿から、強い信念を持っているのが伺える。
女性はにこやかに微笑んで瑠璃の肩に手を置いていた。
肩に手を置かれた瑠璃は複雑そうな表情をしているが、これは嬉しさを前面に出さないように笑顔を我慢しているようである。
家族を亡くした息吹戸が、玉谷夫婦によって心の傷を癒されたと感じ取れる写真だった。
「綺麗な人だなぁママ。もう亡くなってしまったなんて残念。逢ってみたかった」
これは間違いなく宝物だ。額縁に飾りたい衝動が起こったが、隠しているのも何か理由があるのだろうと察して写真を封筒に納めた。
(飾りたいけど我慢。戻った時に隠してあった写真が飾られていたら憤慨するよね。エロ本が見つかった思春期の少年のように。引き出しにしまっていた好きな人の写真が、親によっていつの間にか机の上に置かれてしまった乙女のように。……想像しただけでもトリハダもの)
息吹戸はぶるっと背筋を震わせると、最後の封筒の中身を確認する。
「最後はこの封筒。これは手触りからノートっぽいかな?」
予想通り、A4ノートが三冊あった。黒いノートと青いノートと黄色いノート。黄色だけは分厚い。
まずは青いノートを手に取りページをめくる。文字は達筆で綴られていた。
『私』は小さなメモ帳を探して鉛筆で文字を書く。カクカクしてやや丸文字だからノートとは違う筆跡だ。筆跡鑑定をするまでもなく別人だと判定されるだろう。
「こんな場所に隠すって事は日記だったりして」
クスッと笑う。彼女の気持ちを垣間見えるかもしれないと期待に胸を膨らませ内容を読んだ。
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