筋トレをしたい(一章終了後)
カミナシ本部一課のオフィスにいる息吹戸は、入力業務を放置して二の腕をにぎにぎしながら天井を眺めていた。
肉体美と体力を維持するために運動をしているのだが、この体、普通の筋トレでは疲れないスーパーボディだった。我流運動を一時間行っていてもイマイチ筋肉を使いきれてない気がする。
とはいえ、丸一日ずっと筋トレをするほど暇ではない。今は忙しい時期なので、四六時中、休日でも呼ばれて従僕を討伐している。討伐こそが運動のようであった。
それでは味気ない。もう少し楽しくて安全な運動がしたい、とぼんやりしていた。
「何かわからないことがありますか?」
津賀留が入力の手を止め、不安そうに息吹戸に話しかけた。
息吹戸は天井を見るのをやめて向き直る。
「うーん。トレーニングしたいけどどんなのがいいかなぁ。と考えてた」
津賀留は目をぱちくりとさせて、両手を膝の上に置いた。
「そういえば息吹戸さん、今週は一度も訓練場に行ってませんね」
「訓練所?」
息吹戸が背もたれから背中を浮かせて、心持前のめりになる。
「はい。本部の裏にある山の中に訓練場があります。第一から第五までです。お忘れ……のようですね」
「わからないので説明ヨロ」
催促すると、津賀留は立ち上がりその場所へ行こうと提案してきた。今からでも大丈夫かと問いかけると、自由に使っても大丈夫と返事が来た。息吹戸は微笑を浮かべながら立ち上がり、津賀留の後をついていった。
本部の裏口は表と変わらないほど広くて立派だった。職員が数十人ほど出歩いている。
「道があるので迷うことはないと思います」
林の中に石畳が広がっており木漏れ日が道を照らしている。森林浴を浴びながら数分歩いたところで三方向の分かれ道に出た。道の横に看板が掲げられている。
『訓練場壱』『訓練場弐』『訓練場参』『訓練場肆』『訓練場伍』は右矢印
『封印研究施設』『危険呪詛研究施設』は左矢印
『養生施設』は中央矢印
「思ったよりも沢山施設あるんだね」
「ええ。裏山は広大です。山の数だと三つ分でしょうか? 私も全部まわったことはありませんので詳しくご説明できません。こちらです」
津賀留は右の道へ歩き出した。
「道に沿って行きます。手前から壱、弐……と続きますが、息吹戸さんが利用していたのは主に肆と伍です。壱は私のような者が利用する場所なので、肆の場所に行きましょう」
「お任せします」
道を進むと看板が見えてきて左に曲がる道があった。そこに数人のカミナシ職員が進んでいく。すれ違う時に津賀留に軽く挨拶しているが、息吹戸を見るとちょっと顔色が青くなり会釈をしてから目を背ける。
そんなシーンを何度か繰り返し、施設場所を二つ、三つと越えていく。
歩き続けて30分ほど経つと、徐々に整備された道から荒れた山道に変わってきた。
「わぁ。道が荒れている」
獣道まではいかないが、雑草が多くでこぼこした道だ。段差の違う階段、石を置いただけの階段、急こう配の坂もある。
「まぁでも、これだけでもいい運動かも」
息吹戸はペースを崩さず歩くが、津賀留は息が上がって来た。小休憩を取りながら、『訓練場肆』の看板がある道を見つけて進む。ここは先ほどよりも道が荒れており木々が通り道を邪魔していた。そのため隙間を縫うように歩いた。迷わないように矢印看板があちこちに建てられており、誘導してくれる。
手ごろなアスレチックを楽しむように、息吹戸の足は軽やかだ。
「うん。楽しいね」
「そ、そう、ですね……」
津賀留は草に足を滑らせたり、根っこや出っ張った石に引っかかってこけそうになるので、怪我をしないように注意しながらできるだけ急いで歩く。気が付くと息吹戸との距離は大分開いてしまった。焦りを抑えてとにかく進む。
「あれ? あそこ、なんか広い空間になってる?」
茂っている木々の隙間からいくつかの建物が見えたので息吹戸は目を細めた。
道の終わりまで進むと『訓練場肆』に到着した。
ここは別名『サバイバル障害物レース』と呼ばれており、肉体を極限まで使い障害物を乗り越えていく設備である。
地面を五メートルほど切り取って土地をならし盆地の中に作られているため、息吹戸達が立っているのは傾斜の強い崖の上になっている。
崖には幅三メートルの石階段があり左側に手すりが設置されている。急こう配なので下手に下を向くと頭の重みで落ちてしまいそうだ。
下には沢山のカミナシ職員がいる。設備の点検を行っている者、訓練を行っている者、怪我の手当てをしている者、休憩している者などがいた。
施設の長さは全長一キロ。それが七つ置かれており、障害物は二十エリアにわけられていた。
パッと目についたのは、クワッドステップ(四つある斜めの足場を飛び移りながら進む)、滝登り、滝くだり、丸太登り、丸太くだり、崖登り、崖くだり、シルクスライダー(二本に分かれて吊るされた布を掴んで滑空、湾曲型の対岸へ着地)、ドラゴングライダー(トランポリンで飛翔しレールに乗った金属バーに捕まり対岸へ着地)、スパイダ―ウォーク(二枚の板の間を進む)などがある。
息吹戸は目を大きく見開きながら、みるみる笑顔を浮かべ祈るように両手を組む。
「これはまさに、サクススニン! 似てるっていうかそのものじゃない!?」
元の世界にある『サクっとススっと超えて忍! 略してサクススニン!』という、人気体育系番組のセットと似ていることで、より一層興奮が増す。
津賀留は大きく息を吸って呼吸を整えてから、訓練場を見つめる。
「サバイバル障害物レースです。討伐部一課や二課の人はここでトレーニングします。もう少し向こう側に射撃場、あの建物の右側の施設は川や滝があってそこで水中訓練もあります。怪我をしたときに小規模の救急設備もあります。あと『訓練場伍』は主に和魂や式神を使った模擬試合や共同練習なども行われています。息吹戸さんは和魂と共に訓練するときは『伍』を使っていました。……え?」
津賀留がパッと横を見ると息吹戸の姿がない。
「あれ?」
と呟きながらゆっくり訓練場を眺めると、手前の設備に向かって歩いている姿を見つけた。
目を離した一瞬のうちに階段を駆け下りたようだ。
「息吹戸さん待ってくださいー!」
津賀留は手すりを掴み急いで階段を下りた。
設備を見上げて観察していた息吹戸が、走って近づいてくる津賀留に向き直る。
「ここ無料なの?」
息を切らせて到着した津賀留はきょとんとしていたが、すぐにハッとした表情になると激しく頷いた。
「職員は無料ですしいつでも利用可能です。予約は必要ありません。ただ多い時は待つこともあるかと思います!」
「どうやって使うの?」
「あの、あそこにいる、あの人。入り口部分に居る人に使用の意思を伝えればいいです。終わった後も声をかけて貰ったらいいです。一度に使える人数は決まっているので調整してくれます」
「わかったー!」
足取り軽やかに息吹戸は声をかけに向かった。
この後一時間ほど、障害物を堪能してご満悦であった。
「ありがとう! いい運動になった! 暇なときはここで遊ぶわ」
「それは良かったです……」
折角来たし訓練してく? と勧められたので、津賀留も少しだけ体験してみた。結果はボロボロ。一メートルも進めていない。
「津賀留ちゃん、また一緒に遊ぼうね」
少しだけ障害物を行った津賀留が、
「遊ぶ……っていうレベルじゃないです」
と、地面に倒れこみながら呟いた。
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