玉谷部長のプチ講義
番外編2
カミナシ本部第一課オフィス、本日も従僕情報により多くの職員が出払っている。残っているのは玉谷くらいだ。
息吹戸はファミレス席に座って本を読んでいた。担当事件の事務作業が終わり手持無沙汰だったので、玉谷に何か仕事がないかと問うと、呼び出しがあるまで好きなようにやれと言われた。休めるときは休む、というのが彼の方針である。
なのでひたすら、本を読む。
この世界の情報が欠落しているので時間がある時には詰め込み、知識のすり合わせと蓄積を行う。
オフィスにいる間はもっぱら仕事関連の本を読み漁った。興味の強い内容ばかりなので、自然に手が伸びるのも勉強が捗る要因だ。
息吹戸はパラパラとページをめくりながら、うーん、と呻いて眉間にしわを寄せる。
タイトルは『基礎攻撃方法』と書かれている500ページもある分厚い本だ。要約すれば護符、術具、式神、和魂、荒魂についての説明が書かれている。
護符と術具が同じ括り、和魂と荒魂が同じ括りになっている。式神がその中間という形だ。
和魂と荒魂は霊魂と融合する物。
護符と術具は肉体が使う物。
式神が霊魂と肉体に影響される物。
そう記されているが、息吹戸は和魂と荒魂の使い手も『護符を使う』という点に疑問を抱いた。
例を述べるなら、火を扱う和魂と火を扱う護符の効果はイコールである。
しかし火属性の和魂がある人でも、火の護符を使うことが多いようだ。火なら和魂に頼めばいいだけなのに。
息吹戸は頭をガリガリと掻いて、本に倒れるほど前のめりになって文字を追う。理解しようとするが、イマイチよくわからない。
んー。と息を吐くような声を何度か上げると、玉谷が顔を上げた。丁度、仕事が一区切りついたので息吹戸の様子を確認する。彼女は難問にぶち当たったように眉間に深い皺を寄せて凝視していた。玉谷は少しだけ口元を緩めてから立ち上がる。そしてファミレス席に行き、息吹戸の正面に座った。
「あれ?」
足元が見えて顔を上げると、玉谷が椅子に座ったところだった。息吹戸はパチパチと瞬きをしてから姿勢を正す。
「今お手すきですか?」
「ああ。何かわからないことがあるなら聞こう」
丁度いい、と疑問をぶつけた。
玉谷は少しだけ驚いたように目を開けて、少しだけ渋い表情になり首を傾げた。
「そうか……そこからか……」
息吹戸の疑問は天路国にとっては常識のことで、手足を動かすのと同じくらい自然なことだった。
玉谷は首元のネクタイを少しだけ緩めてから、質問に答える。
「一から作るか、作ってあるもののスイッチを押すか。ぐらいだな」
息吹戸が首を傾げる。
「たとえば、電池式のランタンで明かりをつけるとしよう。護符は出来上がっているランタンのスイッチを入れると明かりがつく。術具はランタンに電池をいれてスイッチを押すと明かりがつく。式神は自分の好きな形のランタン設計図を手に入れ、一から組み立てて電池を入れてスイッチを押してつける。和魂、荒魂、神霊は材料から選び好きな形を創り出した後、一から組み立てて電力を供給する、ということだ」
「工程が違うってことですか」
「単純に言えばそうなる。護符と術具は決められた効果しか得られない。式神や和魂は扱う者によって効果が千差万別だ。単純な型どおりの敵ならば護符で十分対応できるが、複雑な思考の敵ならば式神などが良い」
「なるほど。だから和魂が使えても、あえて護符を使うんですね。余計な手間を省くために」
「そうだな。余計な手間もだが、神通力の消耗も違ってくる。圧倒的に護符の方が少ない。子供でも扱えるほどだから、我々だと一日中使っても消耗しないだろう」
なるほど、と息吹戸は納得して頷いた。
「まぁ。護符や術具の効果によって消耗度合いも幅広いが、攻撃や防御は消耗を抑えるためにしっかり組み込まれているので実質、あまり消耗しない。敵の動きが分からないときは和魂の活用は控え、護符中心で行う職員も多い」
「私はどうでしたか?」
「持って行った試しがない」
ふむ。と息吹戸は頷きながら、では、と少し微笑む。
「今、私は和魂が使えないので、護符を数枚持っていきますね。おすすめ何かありますか?」
玉谷が少し疲れたように息をついた。
「中に何かいる気配はないのか?」
「ありませんねー」
息吹戸が肩をすくめておどけると、玉谷はがっくりと肩を落とした。そして少し顔色が悪くなった顔で苦笑する。
「安心しろ、きっと中で眠っているはずだ。力を使い果たしたのだろう。菩総日神様がお戻りになったら大丈夫だ」
息吹戸は「そうですねー」と生返事で応えた。
「そうだ。パパ。私も護符とか術具とか作れるんですか?」
「パパはやめなさい。皆、いつ戻ってくるかわからない」
玉谷はちょっと焦ったようにドアを見る。誰もいないのでホッとした。
息吹戸は手で口元を隠しながら、シマッタ、とカタコトで呟く。
「学べば作れる。法則を丸暗記して、神通力を籠めながら筆で正確に『印』を書けばいい。上級者にでもなれば神通力で書けるようになる。気になるようなら開発部へ顔を出してみなさい」
「わかりました」
頷いてみたものの、開発部に行ったこともないし知り合いもいない。保留ではなく流れてしまうな、と思った。
玉谷はじっと息吹戸を眺めていて、引き出しにシュークリーム買っていた事を思い出し、取りに行った。
息吹戸が目で動きを追うと、机の上にシュークリームが置かれた。コンビニで買ってきたありふれた物である。
「さっき外に行ったときに買ってきたものだ。津賀留と一緒に食べなさい」
「わぁ! ありがとうございます!」
息吹戸はウキウキしながらシュークリームを取って、ふと、お菓子もらう頻度高いなと思った。もしかしたら息吹戸瑠璃は甘いものが好きなのかもしれない。
餌付けされている感覚があるものの、『私』も甘い物は好きなので有難く頂いた。