約束していた銭湯(二章後:控えめに肌色あり)
番外編1
ヒュドラ討伐が終わって二日後、一日休みをもらった息吹戸と津賀留は、朝一で中央区繁華街の中にある、五階建てビルのスーパー銭湯を訪れていた。
仕事が終わったら一緒に汗を流す約束をしていたので、それを果たすためだ。
入浴道具を持ってくるのが面倒だったので、着の身着のままでやって来た息吹戸は、受付を済ませて女湯へ歩いていく。
脱衣所につくと沢山のロッカーが置設置されている。入浴場に近いロッカーを選び、財布だけ入った小さなショルダーバックを中に置いた。
ロングコートを脱ぐと白い襟付きシャツに黒いスラックス姿になる。仕事から風呂に入りに来た女性そのものだ。
「朝一番だからあまり人いないねぇ」
「そうですね」
津賀留は相槌をうった。
今日は私服である。パーカーの下にゆるふわ長袖ニットワンピをきて、黒いタイツを履いている。肩に大きなチャック付きハンドバックをかけていた。
バックには今日のために急遽入手した、入浴セットが入っている。息吹戸に使って貰おうと意気込んで、1日かけて念入りに選んだものだ。
津賀留はロッカーに上着を入れると、中身を取り出して準備を始めた。
息吹戸はそれを横目に見ながら、さっさと服を脱ぎ捨てタオルで前を隠した。
タオルはフェイスタオルとバスタオルの中間の長さである。長さはあるが幅がないので、胸部の主張が激しくもろもろ隠れていない。むしろ、隠す気もないようだ。
津賀留はあちこち見える胴体を眺めながら
「早いですね、息吹戸さん……」
と声をかける。
眼鏡をロッカーに入れて鍵をかけ、ロッカーキーのゴムを手首に巻いた息吹戸は、しゃがみこむ津賀留を見下ろした。
「早く入りたくて」
いつ緊急招集がおこるかわからない。タイミングを逃したくないのでさっさと入りたいようだ。
津賀留はその気持ちを十二分に汲み取り、頷いた。
「お先に入ってください。私もすぐに行きます」
「じゃ。待ってるねー」
息吹戸は薄く笑うと早歩きで向かう。その後ろ姿を津賀留はじっと眺めていた。
浴槽のガラスドアを開けると、ふわっと全身に湯気があたる。温かいなー、と思いながら見渡した。
ジェットバス、炭酸風呂、かけながし風呂がある。年配の女性数人がそれぞれお湯に浸かっていた。
息吹戸はまず洗い場で体を洗った。備え付けのシャンプーで髪を洗っていると、津賀留がその隣に座る。華奢だがほどほどに肉付きがある柔らかそうな体、凹凸が少ないささやかなふくらみをタオルがしっかり隠していた。
津賀留はちらちら、と息吹戸の全身を眺めながら、頭の泡を流したタイミングで声をかけてきた。
「おまたせしました」
息吹戸は顔を上げる。ペタリと髪が顔にひっつくので左右に分けた。デコがでる。
「はーい。待ってたよ。津賀留ちゃんも速く洗って一緒に湯舟浸かろう」
「あの、よろければ、これ使ってみませんか?」
津賀留が差し出したのは200mlほどのポンプ型シャンプーとコンディショナーだ。
息吹戸は首を傾げながら受け取ると、二つとも未開封であった。柄がなく文字だけが描かれている洗礼されたデザインだ。パッと見て高級品だと思った。
「いいよ。これ津賀留ちゃんが使うものでしょ。私は備え付けのやつで十分……」
「使ってください! 息吹戸さんに使ってほしくて買ったんです!」
「えー。でもなぁ」
息吹戸が遠慮して返すと、津賀留は二つを開封した。すぐにシャンプーをプッシュして中身を出す。
「私も使うんで! だから使ってください!」
そのまま……乾いた髪にガサガサと乱暴につけていく。全く泡立つはずもないが、津賀留は
「凄く泡立ちいいので! とってもいいですよこれ!」
元気よく宣伝してくる。
息吹戸が困惑しながら見守っていると、ふわっと花の良い香りが鼻腔をくすぐった。この匂いに包まれてみたいな、と興味をそそられボトルを見る。
その動きを津賀留は見逃さなかった。
「さぁどうぞ!」
腰を半分浮かせてボトルの口を押すと、息吹戸は反射的に両手で受け止めた。
「あ。あー……」
困惑したままシャンプー液を見つめる。捨てるには勿体ない。
「……では、お言葉に甘えて」
息吹戸はゆっくりと髪につけて揉んだ。泡立ちがよい。髪と頭皮に濃厚な泡が絡みつき、もちもちして気持ちがいい。
「あー。本当だ。この泡気持ちいね」
「ですよねー!」
笑顔で頷く津賀留だが、泡立たないシャンプー液のせいで、ただ髪の毛がべたべたしているだけの状態だ。なんか説得力がなかった。
息吹戸は肩をすくめてため息をつくと、
「津賀留ちゃん。髪を濡らそう。せっかくのシャンプーが台無しだよ」
シャワーのノズルをひねってお湯を津賀留にかけてやる。
「わー」
津賀留が息吹戸の方を向いた。お湯が耳に入るのを防ぐためである。
「あっちゃー、流しすぎちゃった」
少しお湯をかけたつもりが、大半のシャンプーが流れ落ちてしまった。息吹戸はプッシュしてシャンプー液を手に取ると、少し近づいて両手で津賀留の髪につけた。
そのままわしわしと髪を洗うと、すぐに津賀留の頭が泡だらけになった。
「……!」
津賀留の顔に柔らかいふくらみがペチペチと当たる。
弾力がある柔らかさにしばし癒されていたが、ハッと我に返る。途端の頬が赤く染まった。
「…………じ、自分でできます……」
控えめに申し出ると、息吹戸が、そうか。と手を離して、自分の頭を洗い始める。
津賀留は両手で顔を覆いながら耳まで真っ赤になった。すごく気恥ずかしくなり全力で悶えている。
体を折り曲げて固まっている彼女を、息吹戸は不信そうな目で見る。
「何やってるの? 早く洗おうよ」
「か、身体を洗う時は、このせっけんを……」
なんとか立ち直った津賀留は、石鹸入れを開けて高級美容石鹸を差し出す。やはり未開封だ。息吹戸は呆れたように息をはいた。
「あのねー……」
「まだ手を付けておりませんがお使いください」
「あのさ……」
「息吹戸さん入浴セット持ってきていないようなのでお貸しします!」
モノは言いようだな、と思った。
息吹戸は眉間にシワを寄せたが、諦めて頷く。
「んー。ならお借りします」
津賀留がパァッと笑顔になる。すぐに封をあけて石鹸を渡した。上品な花の香りが強く香ったので、フレグランスソープだと分かった。
本当に使っていいのか、と視線を向けると、津賀留はうんうん、と力強く頷く。頭に泡が乗ったままなのでコミカルな姿だ。息吹戸は少し笑ってから、有難く使わせてもらうことにした。
体を流したのでお湯につかった。
息吹戸と津賀留はリラックスした表情で、ジェットバスの水流に体を押し当てていた。激しい戦闘の後なので大変効く。
「はぁー。気持ちいいー」
息吹戸は軽めのマッサージを受けているような心地よさを感じており、目を瞑って身を任せていた。
「そうですね……」
一方の津賀留は、落ち着きなく視線を動かして、ちらちらと息吹戸を盗み見している。
初めて一緒にお風呂に入り肉体美を間近で拝めた喜びがある。なによりも、こんな風にリラックスしている姿は見た事がない。
なんだか得した気分になって、一緒に入れてよかった、と笑顔になった。
「…………」
そして、そっと自分のささやかな胸に手を添える。ジェット水流で少したなびく程度だ。
隣に座る息吹戸のふくらみは、水流によってぷよぷよぷよと揺れている。
揺れをガン見しながら、あのお湯になりたいなぁ、とよくわからない感情が生まれた。なんでだろうと首をひねる。
「マシュマロ食べたいのかも?」
柔らかいものに飢えたのかも、と呟くと、息吹戸が目を開けた。
「いいね。お風呂から出たら、そのまま甘い物食べに行こうか」
「行きましょう!」
速攻で津賀留が同意すると、息吹戸は苦笑した。
緊急招集はなく、二人でのんびりお風呂を堪能することができて最高の休日を過ごした。