第180話 信じるゆえの平行線【エピローグ】
「お邪魔しまーす」
椅子に座っている玉谷と目が合うと、
「緊急要請をしていないのに、病院を抜け出すとは何をやっている。この仕事は体が資本だといつも言っているだろう。休めるときはしっかり休むことを忘れるな」
開口一番にお説教が飛んできた。
息吹戸は苦笑いを浮かべて、ロングコートで腹部を隠しながらしながら対面に座る。
「だって。どうしても報告したいことがあったんですよ。電話よりも直接話したいなって思って」
「直接……。彫石から報告は受け取っているが、それ以外に何かあるのか?」
玉谷は思案するような表情になる。
「岡様から聞いたのですが、息吹戸瑠璃の魂は地界や死者の国になかったそうです。なので、天路国にいる可能性があります!」
息吹戸が自信満々に胸を張ったので、玉谷は気が抜けたように呆れた表情を浮かべた。
「それはそうだろう。目の前にいるのだから」
「いやいや、私が瑠璃じゃないって説明しましたよね!? 岡様は私が別の場所から来てるって知っていました。それで……っ」
威嚇するような圧が玉谷から出た。息吹戸はピリッとした空気を感じて口を噤む。それ以上言葉を発するなと脅されているようだ。
息吹戸が黙ったので、玉谷はゆっくりと言葉を続けた。
「岡様というのは、神の代行者の岡亜紗様で合っているか? お前の報告に上がった名だな」
息吹戸はパッと表情を明るくして「そうです」と返事をする。
「その方が教えて下さって……」
「誘導伊奈美様の名も報告にあがっていたな。お二人から何か言われたかもしれないが、気にすることはない」
ピシャリ、と玉谷が突っぱねた。
あまり見た事のない冷たい態度に驚いて、息吹戸は怪訝そうに眉をひそめる。拒否していると分かりやすい。取りつく島がないと思ったが、諦めなかった。怒ることも荒ぶることもなく、冷静な態度で臨む。
「ダメです。聞いてください。岡様から、私は天路民ではないと言われました。ほかの世界から来たと断言しています。私は記憶がないですがそう思っています。そして息吹戸瑠璃は死者の国に降りていません、つまり生きているとうことです。私が意識を乗っ取っているのか、それとも彼女が体から離れているかわかりませんが、近々、探しに行こうと思っています。私が元の世界に戻るためには彼女を探さないと……」
「いい加減にしないか!」
耐え切れず玉谷は怒鳴った。
「記憶がないだけで、何故自分を瑠璃だと信じられないんだ! 和魂が使えないからか? それとも神鏡が出せるようになったからか!? 呪いが強すぎるせいで自分を見失っている! しっかりせんか!」
殴らんばかりの勢いがあったが、息吹戸は玉谷の怒りを真正面から受け止めると、苦笑しながら肩をすくめた。
「しっかりしていますよ。でもね私は『瑠璃』じゃないんです。ほら、部長ならわかるでしょ? 私と息吹戸瑠璃は……絶対色々違うでしょ?」
にっこりと笑って自分を指さす息吹戸。そこには大人の余裕が伺えた。子供っぽさが消え、成熟した思考だと感じて、玉谷は酷く落ちこんだ。
「儂からみたらお前は瑠璃だよ。昔の、家族を失う前の瑠璃だ……」
息吹戸はジッと玉谷の様子を観察してこっそりため息をつく。認識の平行線が重なる気配はなさそうだ。これ以上話題を引き延ばしても認識を改めないだろう。
「そうですか。ではこの話は終わりということで」
息吹戸は椅子から立ち上がった。玉谷が「あ」と声を上げて、前かがみの姿勢になり手を伸ばしかけて、やめる。
「私が直接伝えたかったことは終わったので、彫石さんが戻ってくる前に帰ります。部長も早く休んでくださいね。また明日きます」
息吹戸はヒラヒラと手を振って会議室から出て行った。後ろ髪を引かれることもなく、足取り軽やかに。
玉谷は無言で見送ると、ソファに深く腰を下ろしてため息をついた。
彫石と、息吹戸の言葉が心を深くえぐり、内心穏やかではない。うっかりと息吹戸の前で憤りが隠せずにいたが、彼女は文句ひとつもなく、平気な顔で受けて止めていた。普段ならば考えられないことである。
「瑠璃の霊魂に誰かが混じっているなんて……そんなのはおかしい」
意識や肉体の乗っ取りならば払えばいいので対応ができる。しかしもう一つの可能性を考えるなら、もう手遅れだ。
「いや。あれは瑠璃だ。そうでなければ死んでいることになる。そんなわけはない。岡様が間違っている。霊魂を管理している方でも間違えることはあるはずだ。あの子は遊種の娘だ。儂はあの子を守り育てると彼に誓ったんだ。だから……」
玉谷はテーブルに両肘を置いて頭を抱えならが、不安を必死で振り払った。
あれは息吹戸瑠璃だと無理やり思い込み、祈りながら目を瞑る。
彼が真実と向き合うまで、あともう少し。
四章終了しました。読んで頂き有難うございます!
次回は閑話×5です。四章までに書けなかったお話となります。楽しみにしてください!
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