第179話 直接言いたくて【エピローグ】
「次は勝木と東護の件についてです。こちらの方が深刻な状況です。それで、暮総日神様はいつ頃この世界に滞在する予定でしょうか?」
玉谷は暗い表情になり、ゆっくりと顔を横に振る。
「あと二週間は遅れると通達が届いたようだ。……この遅れが世界に悪影響を及ぼさねばいいが……」
例年だともう昨日からこの世界にやってきていたはずだ。神がこの世界に降りる日にちを遅らす原因は『予想外のトラブル』と大体相場が決まっている。
何かが発生してしまい、この世界に構うことができなくなった、と玉谷は不安になる。
「あと二週間ですね。長いですが、しのぎましょう。生きてさえすれば回復できます」
そして彫石は目を少し伏せる。
暮総日神の力である程度回復したとはいえ、激戦後の東護の和魂の衰弱が激しく、あと数回能力を使用すれば消滅する危機を迎えていた。それは実質、東護の能力が使用不可能ということだ。
勝木の和魂も衰弱しているが、彼は幸いにも能力半減でとどまっている。
これは転化した霊魂の影響が大きく関与している。
協和性の破綻及び回復率の減少が起こっているため、深刻なダメージを負うと和魂や荒魂との繋がりが途切れてしまう。
転化が九割進行していた場合、本来であれば和魂との協和性が消えてもおかしくない。
衰弱で踏みとどまっている。その程度で済んで東護は運がよかったといえた。
「しばらく休暇を多くし、東護には前線にでないよう配慮します。勝木も和魂を扱わないような小さな事件を担当するという形にして、できるだけ安静にさせます」
「二人は今どこで保護している?」
「医療班が管理する養生施設です。診察後すぐにそこへ移動させました」
弱体化したカミナシ職員は敵の標的になりやすい。そのため、カミナシ職員の安全を第一にした保護施設が大きく分けて二か所ある。
身体機能が著しく低下、欠損、重症、転化による後遺症、精神的損傷は長期的医療が行えるように中央区の地下にある巨大な総合病院に移動される。ダメージのランクにもよるが、通信も対面も許可が必要である。
身体的損傷がなく、能力自体の低下、封印、神霊の損傷などは本部裏の山にある養生施設で生活する。束縛はなく外出自由である。
玉谷は安堵の息を吐いた。
「それなら安心だ」
「アメミット側にも二人の状態を伝えておかないといけません。こちらの戦力が削がれていると伝えるのは気が引けますが。無理して戦ってしまっては元もこうもありません」
「儂から連絡しておこう。あとは……端鯨の様子はどうだ」
彫石は首をひねる。彼の検査を担当した職員からは異常なしという診断だった。
「倒れた原因は不明ですが、今はもう健康体です。彼には少し頑張ってもらいますが、それでも二人が抜けた穴は大きいです」
玉谷は腕を組んで天井を眺める。彼の頭には遠征組の名前がいくつか浮かんでいた。
「そうだな。遠征に出ている人員を数人呼び戻すか。一人は磐倉だから、残り二人は……あっちの戦線状況次第だな。誰が手を挙げてくれるか……」
カミナシ討伐第一課は出張組がいる。その数は十名。遠征先で調査や指導をするので年に四回、本部に帰ってくる程度だ。
能力は高く誰もが単騎型である。二人ほど呼び戻せば東護と勝木の穴は埋められるだろう。
「部長は多忙なので今回は私の方から一斉連絡します。戻れる者が分かり次第、また連絡します」
「そうしてくれると助かる」
玉谷は頷いた直後、会議室のドアを見る。誰もいないはずなのに人の気配がする。彫石は立ち上がり会議室のドアを開けてオフィスの中を確認すると本棚の近くに息吹戸がいた。服はボロボロのままで腕にロングコートを持っている。病院を抜けだし、帰宅せずに本部に来たようだ。彫石と目があうと微苦笑を浮かべる。
「お疲れ様です彫石さん。玉谷部長はいらっしゃいますか?」
会議室から出てきた彫石が呆れたようにため息をついた。
「貴女は一泊入院のはずですが……勝手に抜け出すのは感心しません」
「暇だったし、聞き取りなかったので直接玉谷部長に話そうかなと。夜だから帰ってるかなーって思ってたんですが」
彫石は会議室に振り返り、「息吹戸です」と一声かける。すぐに「わかりました」と返事をして歩きだす。
「部長は会議室にいます。私は30分ほど席を外しますので報告してください。その後は病院に連れて行きます」
「えー。子供じゃないんだから一人で戻れますー。一緒に戻ったら抜け出したことがバレて看護師さんに叱られるじゃないですか」
すれ違いざまに不満を言うと、彫石はキツイ視線を向けてきた。
「抜け出したんでしょう。ならば叱られる覚悟はしていてください」
ちらっと会議室を示す。玉谷から叱られると示唆している事に気づいて、息吹戸は「あー」と声を上げた。
「せめて服ぐらいは着替えてくるべきでしたね」
小声で付け加えられ、息吹戸は「そうですね」と小さく同意した。顔が見たくなって急いで来たのだが、ボロボロ具合をみると何で抜け出したのかと小言が飛ぶだろう。
「では、少しお時間いただきます」
息吹戸は彫石に会釈をすると、軽い足取りで会議室へ向かった。ひょこっとドアから部屋を覗くと、バタン、とオフィスのドアが閉まる音がした。後ろを見て彫石が居ないことを確認してから会議室の中へ入った。
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