第178話 頭の隅に置いておく【エピローグ】
「この件の報告は以上になります」
彫石は一時間に渡って玉谷にそう説明した。
深夜一時を回った時刻、場所はカミナシ第一課のオフィス。会議室の一室を使っている。休みなしに喋った彫石はやっとテーブルの横に置かれていたマイカップを手に取り喉を潤した。
なるほど。と玉谷は一言だけ述べて、箇条書きで書かれたA4のコピー用紙を見つめる。そこには聞き取り調査した内容が断片的にあった。勝木・東護・彼雁・第二課の数名、そして息吹戸。彼らの報告が記されていた。
玉谷はふぅ、と息を吐く。それは安堵とは少し違っていた。
「儂が決めたとはいえ、息吹戸は二人を救出し、地界に潜む禍神を解決したというのか。協力者を得たとはいえ、それをやり遂げるなど……」
「実際には、暮総日神様がメフィストを追いかけたということで、解決というよりも丸投げになったと言っていましたが……」
「誰もが同じことをして同じ結果を得るとは思えない」
「そうですね。私では絶対に無理だと断言できます。彼女だからこそ出来たと思います」
彫石はマイカップを置くと、玉谷を真っすぐ見た。
「進言します。息吹戸の中に『誰か』が潜んでいます。そのため彼女の性格や能力が変化しているのでしょう。上層部に『あれ』の存在を知らせるべきです。ただ害はありません。侵略という誤解を招いて危害を加えるべきではありません」
玉谷は驚いて目を見開いた。そして数秒ほど間を開けて、ゆっくりと聞き返す。
「断言できるのか?」
「息吹戸の霊魂に『誰か』混じっている印象を得ました。ただ、記憶喪失も似たような感情を感じ取れますので断言とまではいきませんが……明らかに『感情の波長』が違います」
「…………『感情の波長』? まさか」
玉谷は彫石の特殊能力を思い出した。一部の者が知っている条件付きの能力だ。
彫石はうんうんと頷く。
「共振力を使える絶好の機会があったので」
条件付き特殊能力『共振力』。彫石が強く抱いた感情と同じ感情を抱いた者に広範囲に強く触れることで、その者の抱いた感情や想いを、なんとなく『こんなことを考えているな』とリアルタイムで感じることができる。効果は二十二時間。
「ほかに何もしてないだろうな?」
玉谷は冷たい目を向けた。
父親なら誰もが思うはずだ。勝手に娘に触るな、と。
息吹戸が義理の娘と知らない彫石は呆れたように半眼になる。
「部長。強調するところはそこではないかと……。とりあえず頭の隅に置いてください。どのみち霊魂関係は磐倉でないと解決できません」
「わかった」
ふぅ、と息を吐く。彫石ならば邪念がないのでまだ安心だ。それに関して問題あるとすれば祠堂の方だと思い返して、くしゃ、と持っていた箇条書きの報告書に皺を寄せる。
「……祠堂はどんな様子だった? 釘を刺しておいたが喧嘩をしていなかったか?」
「ええ。大丈夫でした。以前とは違い、良好な関係のようでしたよ」
玉谷は無表情で、ぐしゃ、と報告書を握りつぶした。
祠堂の人間性は好感を持てるが、それとこれとは別の話である。
「そうか」とひどく冷たい声色で頷くと、こほん、と彫石は咳払いをした。
「部長。度々聞きますが、息吹戸を特別視する理由はなんですか?」
皺になった書類を伸ばしながら、玉谷はチラッと彫石に視線を向ける。
養子関係を教えてもいいが、変に気を回されると周囲が気づく。もう親の七光とは言われないだろうが、それでも息吹戸が色眼鏡でみられる可能性は否定できない。
なんでもない。と答えると、彫石が肩をすくめた。
「今度は部長に共振力を試さないといけませんね」
玉谷は嫌そうにムッと眉間に皺をよせる。
「全力ではじき返すからな」
「はいはい。お手柔らかにお願いします」
興味はあるがそこまでではない。そう思って彫石は話題を変える。
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