第177話 心固まる
その通りだったので津賀留の心臓がドキッと鳴る。動揺してしまい涙が引っ込んでしまった。
「あ……なぜ」
やはり。と雨下野が呟く。
「悪い事はなかったにせよ、ショックな事があったのでしょう」
津賀留は反射的に顔を上げた。
「ななんあなな、何故わかったんですか!?」
雨下野は観察するようにじっと、静かに見つめる。
「なんとなくです。息吹戸さんと何がありましたか?」
津賀留の心臓がギュンと大きな音をたてた。心臓発作が起こりそうなほど痛みが走った。動悸が激しくなり変な汗も出てくる。
「な、なななんああわわわかって」
「息吹戸さんについて行かなかったので、何かあったと思うのが普通でしょう?」
淡々と追及してきた。相談に乗るから経緯を話せと目が物語っている。
「わあああなんどぅえええええ」
「話せる内容であれば聞きますが?」
「……はぅ」
恥ずかしさから全身真っ赤にして、雨下野をみないように顔を背ける。
津賀留は迷った。話してしまえばすっきりするかもしれない。しかし第三者に心情を話すのは躊躇われる。
悩んだ末、津賀留はもごもご唇を動かしながら、蚊の鳴くような声で問いかける。
「足手まといが役に立つためには、どうしたらいいでしょうか」
一言一句、正確に聞きとれた雨下野は、表情を変えることなく
「自分の長所を見つけ出して伸ばすこと。この一点に尽きます」
淡々と告げた。
ですよね。と津賀留が苦笑いを浮かべた瞬間、雨下野から追及がくる。
「息吹戸さんにそう言われて凹んでいると?」
「んぐ!?」
痛いところ突かれて変な声が出た。パッと口を両手に当てるがもう遅い。
雨下野は静かに津賀留を見つめ、ふぅんと斜め上に視線を向ける。そして口角をうっすらあげた。
「詳しくお聞きしても?」
どうやら雨下野の興味を惹いたようだ。
「……」
津賀留は迷った。
この話を終わりにしようかと思っていたが、誰かに話を聞いてもらい、意見がほしくなった。
雨下野は自分よりも格上な相手だが、気さくに話しかける事ができる。そしてどんな内容でも聞いてくれる上、くだらないからと一蹴することも、揶揄することもしない。
「あの……」
意を決して、やり取り……怪我を考慮しなかったこと、相棒を免罪符に責めた事をかいつまんで説明した。
一通り聞き終えた雨下野は「なるほど」と呟き、一瞬だけ斜め上に視線を向けてから、津賀留を見る。
「ならば言葉通り、今回の件は気にしなくていいかと」
「で、でも!」
言葉を続けようとしたが、雨下野が手の平を向けて制す。
「残念ながら津賀留さん。希望と現実は一致しません。だから嘆く必要もないでしょう」
「そんな……」と津賀留は片手で頭を支えた。ずぅんと重いものが心に圧し掛かる。
「それなら私はどうすれば。好きな人の役に立てないばかりか、心配も出来ないだなんて……」
雨下野は不思議そうに首を傾げながら、「心配?」と問いかけた。
「はい。心配する必要ないと言われて……それがショックで」
津賀留はつうっと涙を一筋こぼした。あれだけ泣いたのに、と乱暴に瞼を袖でこする。
雨下野は視線を明後日の方へ向けながら、「そうですか」と声をあげる。彼女は考えるときに全く関係のない空間をみる癖があるようだ。
「私からこれ以上の慰めはできませんが。最後に苦言を述べるならば、『その程度でショックを受けるのであればこの先、生き残れません。もっと精進しなさい』でしょうか」
雨下野は抑揚もなく淡々と言った。
聞いた津賀留は大きく目を見開いた。ショックだからではなく、その裏にある想いを感じ取ったからだ。
「生き残れない……から?」
じわじわ、と津賀留の頭に浸透する。
ゆっくり瞬きを繰り返す。
「息吹戸さんも、同じことを」
津賀留は思い返す。息吹戸は厳しい裏に優しさがある。言葉の意味を考える。
雨下野は目を瞑ってゆっくり息を吐いた。
「言い方はとても悪いですが、貴女に活躍を求めていない。ただ最終的に生き残ってほしいのだと思います。勝手な推測ですからあてになりませんけど」
「だから……」
「だから。心配しすぎて無茶をしないよう。そして、感情の囚われ盲目にならないように忠告したのでしょう」
雨下野は柔らかい笑みを浮かべる。
「津賀留さんに期待しているのでしょうね。貴女はもっと強くならなければなりません。あの人の傍に居たいと思うなら甘えは一切捨てなければ。嘆く間もなく置いていかれます」
津賀留の涙が止まった。
そうだ。力をつけろと言っていた。津賀留でも身につくような方法も示唆していた。あれこそ息吹戸の優しさだと噛みしめる。
「はい!」
津賀留は鼻をすすりながらゆっくりと微笑む。
雨下野は満足そうに頷くと、スンと表情を消した。
「では、私はこれで失礼します」
「お忙しいのに本当に有難うございました!」
深々と会釈した津賀留はすぐに勢いよく顔を上げた。悲壮感が消え去り、いつもの明るさが戻っている。
「頑張ります! 息吹戸さんの相棒であり続けるために。努力します!」
その調子だと、雨下野は目を細めた。
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