第175話 車内でのやりとり
彼雁がぺこりと彫石に頭を下げる。
「彫石さん。お疲れさまでした。救護班が到着したんで息吹戸さんを連れていきますね」
足止めお疲れさまでした。そうニュアンスを含める。
息吹戸の逃走癖は有名だ。事件が解決すると怪我をしていようがいまいが、ふらりと姿を消して後日オフィスに顔を出す。
自己管理を任せているが、さすがに死者の国に行ってきた者をこのまま帰すわけにはいかない。
そんな思惑があり、彫石は仕事の会話をすることでこの場に留めていた。息吹戸もそのことにうっすら気づく。
「あの、こちらへご案内します、ので……」
彼雁が引きつったような笑顔を浮かべ、ペコペコと低姿勢になり、右腕をやや広げてガイドのように霊園の駐車場を指し示し移動を促す。手の指はピンと伸び、軽く震えている。
(怯えられてる……)
息吹戸が半眼で指先を凝視すると、彼雁が内心、ひぃ、悲鳴をあげた。死者の門でちょっとした無礼働いた事が走馬灯のように過る。
彼雁の顔色が悪くなってきたので、息吹戸は呆れたようにため息をつくと、霊園の宙へ足を向ける。
「あっちですね。わかりました」
「はい! このまま進んでもらえたら!」
パァと表情と明るくなる彼雁。重圧が軽くなったので足取りも軽やかだ。
そこへ彫石が呼び止める。一瞬、何かミスをしたのかと身構えた。
「貴方も一緒に病院へ行ってみてもらいなさい。死者の門は二課と私が責任もって閉じておきます」
「そっすかー! ラッキー! やったー! 治療してきまーす!」
ぱぁっと破顔して、彼雁は頭を下げながら息吹戸の後について行った。
霊園の駐車場につく。車が六台停まっていて慌ただしく動くカミナシの姿があった。測量機を持っていたり、犬式神を連れ立っていたり、護符で汚染除去を行っていた。
現地に来ているのは討伐第二課と研究開発課の中にある事後処理班だ。禍神や従僕で汚染された部分の後始末を行い、現状回復を行う。
ザッと見ても二十名はいた。こんなに集まっていたんだと息吹戸は驚いた。
(そういえば、津賀留ちゃんどこに行ったんだろう)
キョロっと辺りを見回すと
「こっちの車です息吹戸さん」
追いついた彼雁が大型ワゴンを示す。
(車を探していたわけじゃないんだけど)
確かにどの車に乗るか聞いていない。訂正するのは止めた。
ワゴンにつくと後部座席に勝木と東護が乗っていた。運転席に座っている若い男性は誰か分からない。
彼雁を待ってから聞くと、怪我人に運転をさせられないので医療班が運転を担ってくれることになったと教えられた。
次は席の問題だ。
後からきた息吹戸に席を譲るなんて事をしない東護は助手席の後ろに座っている。
息吹戸は助手席を……東護の前に座るのを嫌がった。
なので勝木を真ん中に座らせて二人の距離をあけ、彼雁は助手席に座った。
彼雁も後部座席を気にして落ち着かず、ちょっとビクビクしている。
東護は腕を組み足を組みながら、無言で窓の外を眺めていた。
「限界、寝ます」
息吹戸は車が発進した途端、一声かけてガクッと意識を失った。窓に頭をつけてすぅすぅと寝息たてている。
同じタイミングで、勝木もガクッと眠って小さくイビキをかいている。大きく広げた足が横にいる二人の足のスペースを奪う。
東護は手で勝木の足を向こう側に押しやった。
一瞬で寝落ちした二人を助手席から確認しつつ、彼雁は東護に声をかける。
「東護さんも寝て良いですよ。病院に着いたら起こしますから」
東護は気怠そうに、彼雁に向かってぼそっと声を出す。
「腕の怪我、悪かった」
「!?」
彼雁はビクッと派手に体を揺らしてしまい、助手席も揺れた。目を白黒させながら、後ろを振り返る。目が合った。
全然申し訳なさそう雰囲気ではない。空耳かと思ったが。
「あ、いえ、お気になさらず……」
反射的に遠慮すると、東護が自責の念を吐きだすようにため息をつく。
「不甲斐ないところをみせてしまった。火傷の傷が残らなければいいが……」
空耳ではなかった。と少し吃驚してから、ちょっとだけ照れたように笑う。
「気にしないでください。ええと、大丈夫なので」
「そうか」
短く答えると、用は済んだとばかりに東護は窓の外に視線を向けた。
そのまま誰も話さない。
十分ほど時間が経過して、彼雁は東護に呼びかけた。なんだ、と短い返事が返ってくる。
「あの。死者の国はどうでしたか? あ、興味本位ですので言いたくなければその……」
「……自分を見失いそうになる。あんな世界に行くのはもう二度と御免だ」
「そんなにひどい所だったんですか!?」
東護は口を噤んだので、彼雁はそれ以上聞くのを止めた。
彼が死者の国の詳細を知るのは勝木からであり、中々面白いところだったぞという楽観的な感想を得ることになる。
実際はどっちなのだろうと、彼雁は首を傾げるのであった。
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また来年もよろしくお願いします。
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