第173話 正論とは刃でもある
「息吹戸さん。先程のご無礼をお許しください」
背後から畏まった声が聞こえたので息吹戸は肩越しに振り返った。
肩幅に足を開いて体をピンと伸ばし、神妙な面持ちで津賀留がこちらを見つめていた。
(あー。ちょっとキツイ言い方したから反感もたれたかな)
それもそれでよし。息吹戸はため息をつきながら、くるりと津賀留に向き直る。
こちらに向いたことに少しホッとしてから、津賀留は真剣な面持ちで深々と頭を下げて謝罪する。
「確かに息吹戸さんの仰る通りです。私は自分の気持ちを前面に出しすぎていました。貴女の傍に居たい気持ちが強すぎて……置いていかれたショックで分別ができなくなってました。本当に申し訳ありません」
息吹戸は両腕を組んで休めの姿勢になる。
謝罪のポイントは間違っていないので、津賀留の謝罪を受け取った。
「ん。わかった。会話が成り立つならいいよ。一方的に感情をまくしたてられるのは嫌だ」
「わかりました……」
津賀留は一度下を向くが、すぐに勢いよく顔をあげた。
「でも一つだけ、息吹戸さんの言葉を訂正させてください!」
突然の力強い言葉に、息吹戸は目を見張る。
津賀留は手のひらを胸に当て、服をぎゅっと握る。
「『くだらない事に責任を感じなくていい。必要以上に心配しなくていい』だなんて……そんなこと言わないでください!」
鼻水をすすって、はあ、と息を吐く。
悔しそうに肩を震わせて、息吹戸を見つめた。
「責任を感じます。私だって、私だって……」
我慢しようと思ってもボタボタと涙をこぼした。顎が震えてカチカチと鳴る。
「わ、わたしだって全くの無力じゃないんです! 出来ることだってあるんです! 能力を役立てて貴女の力になりたいんです! 役に立ちます! 貴女が思っているよりもずっと、役に立ちます!」
気力を振り絞るような言葉、息吹戸は困惑した。
とはいえ、ほとんど無表情で腕組みをしているから、全く興味なしと他者の目に写る。
やや間をあけて腕組みを解き、首を傾げながら左手で結んでいる髪の毛を握る。数回ニギニギと握って手を離す。そして顔を真正面に戻す。
「……いや、まぁ、知ってるけど。サポート系は役立つよ。時と場合によるけど」
「そうです。貴女のサポートをするのが私の役目です。これだけは絶対に譲れません。自分の身は自分で守るよう対策します。貴女が一目置くような能力者になります! 私に時間をください!」
赤く充血した目で睨まれて、
「あ、はい」
と息吹戸は小さく呟いた。
結局のところ、津賀留が『何に傷ついて』『何に怒っている』のか判断出来なかった。
しかし強い決意秘めて能力アップすると宣言するのを否定するつもりはない。寧ろ好ましいことだ。
息吹戸はほんの少しだけ睨みを緩める。
「頑張って」
「有難うございます。必ず期待に応えます」
津賀留は乱暴に目の周りについた涙を手の甲でぬぐい、悔しそうに唇を一文字にする。
途中から気づいていた。津賀留の言葉と想いは息吹戸の心に全く響いていないと。この程度なんだ。と胸が痛んだ。
これ以上の無様な姿を見せられないと、津賀留は早々に頭を下げた。
「少し頭を冷やしてきます」
息吹戸の返事を待たず、津賀留はくるっと踵を返して、速足で去って行った。
今はこれ以上、傍にいられなかった。傍に居たらきっと鬱陶しく縋り付いてしまうだろうから。
強くならなければ、と決意を新たにするも、あふれだす涙を止めることができなかった。
霊園の出口に向かう津賀留の背中を見送りながら、息吹戸は「あー」と声を出して、左手で額を押さえる。
「言葉選び間違えた」
それでも追いかける真似はしない。言い方に難あれど本心を伝えたのだから、訂正のしようがない。
うーん。と天を仰ぎながら首を左右に動かす。
(自分の力量を考えずについていくだけだと、近いうちにゲームオーバーだからなぁ。私は無茶な攻略好きじゃないもん。……でも、もうちょっと言い方はあったはず)
はぁ。失敗した。と、がっくりと肩を落とす。
「まぁ、正論ではありましたがね」
一メートル向こうから彫石が声をかけてきた。彼は息吹戸達の雰囲気がいつもと違うと察して、様子を伺うためこっちに来た。
「聞こえてました?」
疲労感の強い笑みを浮かべ息吹戸は振り返る。
彫石は頷き、途中からだが一部始終見ていたと告げた。
「私も同意見です。津賀留が死者の国に行っても何の役に立たないでしょう。足手まといになってしまうのは必須です」
そして視線を東護と勝木へ向ける。息吹戸もつられるように眺めた。
彼雁を含めて三人が談話している。
「お二人とも大怪我ですね」
「まだまだ元気だ!」
彼雁が心配で労うと、勝木が気を利かせ力こぶを作った。しかし力むことで出血が酷くなり、それを見て彼雁は半眼で呻く。
「何やってんですか。傷口開いてますよ」
「こんなのかすり傷だ。それより、お前も腕に怪我を負っているじゃないか」
「見た目よりも軽いですよ」
彼雁の火傷は手当され包帯が巻かれている。苦笑いを浮かべながら、彼雁は東護に視線を向けた。
最初は謝ってもらおうと意気込んでいたが、無事に戻ってきた姿を見たら純粋に嬉しくなってどうでもよくなった。
「東護さんも無事でよかった」
「…………ああ。心配かけた」
東護は心あらずの様子で、いつもよりもワンテンポ返答が遅い。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫か?」
彼雁と勝木の声がハモる。疲労がたまり倒れるのではと心配する。
丁度、彼雁のリアンウォッチに連絡がきた。二度三度会話して、彼雁は雑談を切り上げた。
「救護班がきたので病院に移動しましょう」
「他の者は?」
東護が周囲を見渡しながら訪ねる。第二課の姿はあるが一課の姿がない事が気になったようだ。
「それがですね」
彼雁は疲労の色を濃くして、二人が消えた後を端的に説明する。
「あの後も霊園でアンデッドが度々発生したんで、それの鎮火に走り回っています。幸いなことに全て幻術でしたけど」
そうか。と東護が視線を外す。
いつもの覇気がないので、大分お疲れだなぁと彼雁は労うような視線を向ける。
東護《徒歩》は妹との会話を考えていて、まだ思考の大半が混乱していた。そのため反応が極端に遅くなっている。
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