第171話 一方的な想い
「う。いったー。だいじょーぶ。起きれる」
波に揺られたようなゆらゆら感が収まり、平衡感覚が戻ってくる。
頭を押さえながら顔をあげ、ゆっくりと立ち上がり二人を確認する。
勝木は平気そうだが、東護は眩暈がするのか軽く頭や目を押さえていた。
「えーと、ちゃんと着いた?」
ゆっくりと見渡す。炎に焼かれた墓石と、炭と化した草花が目に入った。
すぐそばに死者の門があり、赤い布の結界が張られて固定されている。
空に伸びていた光柱が消え、東の空が白み始めていた。
「あっ」
息を飲む音が聞こえて視線を向けると、彫石と彼雁と津賀留が立っていた。突然現れた息吹戸・勝木・東護に目を丸くしていた。
そのほかにもカミナシのジャンパーを羽織った第二課の数名が後片付けに追われている。
霊園は賑やかであったが、混乱は既に脱しているようだ。
三人が無事に戻ってきたので、彫石と彼雁に笑顔が浮かぶ。彼らに近づき、おかえりと言葉を発するその瞬間に――
「息吹戸さん!」
津賀留が大声をだしながら、涙目で駆けよってきた。
「津賀留ちゃ……ぐえ」
「ご無事でっ良かったっ!」
そのまま勢いに任せて息吹戸に抱き付いてくる。
疲労感たっぷりでガタガタの体は、津賀留の突進の勢いを受け止められず、思いっきり地面に押し倒された。
ドサァ。と背中が強かに打ち付けられる。小さく呻いて、はぁ、とため息をついた。
(なんだろう。やけに強めのスキンシップだわ。…………ちょっと面倒くさい)
とはいえ、嬉しくないわけではない。
津賀留の髪からシャンプーの香りがすると癒されるし、抱き付いた時に息吹戸の胸に顔をうずめている津賀留は小動物のようで可愛い。
そう思うのに、何故かその仕草が鬱陶しく感じる自分もいる。
四人は息吹戸が押し倒されたのを目撃して目を見張った。
彫石と彼雁と勝木は、彼女の身体ダメージの状態が心配になった。しかし下手に指摘すると殴られてしまうため、本人が言うまで様子をみることにした。
とりあえず津賀留に息吹戸を任せることにして、彫石と彼雁は勝木と東護の元へ向かった。。
無事なことを喜びあう彼らを視界の隅にいれつつ、息吹戸は小さくため息をついた。
「津賀留ちゃん。あのさ」
「私を置いていくなんてひどいじゃないですか!」
津賀留はガバッと起き上がり頬を膨らませた。怒り心頭だが全く迫力がない。寧ろ可愛らしい仕草だ。
息吹戸はポンポンと津賀留の頭を撫でる。
「急ぎだった」
「私は息吹戸さんの相棒ですよ! 遠慮せずに呼んでください!」
それに。と、津賀留は目を吊り上げる。
「一人で死者の国に行くなんて何考えてるんですか!」
「時間ひっ迫してた」
「私を待っててくれてもいいじゃないですか!」
息吹戸は数秒考えて、否定する。
「うーん。でもねえ。もし仮に連れて行ったら……きっと津賀留ちゃん死ぬよ」
「それでも私を連れてってください! 私は息吹戸さんにどこまでもついて行くんです。だから置いていかないで下さい! 置いていかれて……、死者の国に行ったと聞いて、どれだけ、心配したか……」
置いていかれて。というくだりで、津賀留の目からぼとぼと、と涙が落ちて息吹戸の胸を濡らす。
情念を抱きながら泣いている津賀留をみて、息吹戸は「チッ」と舌打ちをした。無性に苛立つのは何故だろう。誰かの顔が重なる。
「津賀留ちゃんには無理」
「そんなことありません!」
「なんでそんなにムキになるの?」
「私は相棒です! 貴女についていきたかったんです!」
(置いていくなって子供か……あー、そうか。この漠然とした苛立ちは、未熟者が己の力量を見誤るな煩いと思ってるんだ)
息吹戸は手を右目にあて隠すと、左目で津賀留を見上げる。
その瞳はゾッとするほど冷たいものだったが、興奮して責め立てている津賀留は気づかない。
「置いていったのは、津賀留ちゃんの能力は役に立たないと判断したからよ。一緒にいけばリスキーが増える」
「そんなことありません」
「この件で役立つ能力ではないと判断した」
「そんなことありません! 私は貴女のサポートをするので役に立ちます!」
キッパリと津賀留は言い放った。
本当に置いていかれてショックだったのだ。もう二度と会えないのではと不安で仕方がなかった。その強い気持ちが津賀留から客観的視点を奪う。
彼女は今、息吹戸の話を聞いていない。
それは息吹戸も重々感じていた。だから二人の発言は平行線のままで交わらない。このままではマズイと頭痛を覚えた。
息吹戸の記憶に何かがちらつく。低い声だ。責める声だ。四六時中、人格を否定される、会話が一方的だ、言葉が通じない――男の顔。
(私の話を聞いてくれない……。■■■と■じよ■■『■』の■格を■■■て道■■■■に反し■■が■■■■■、『私』を■■■■■■■■■の■う■■■■……)
塗りつぶされた記憶から絶叫と悲鳴が上がる。
心の中が烈火の如く荒れ狂って、否応なしに憎悪を胸に抱いた。今度こそ『私』を守るため瞬間的に津賀留を殴りたくなった。その煩い口を無理矢理にでも閉じらせたかった。
(ダメだ。これ以上はダメだ。彼女の言葉を止めなければ! 憎んでしまう! なんとかしないと)
理性が憤りと憎悪を無理やり押し込んだ。これ以上殺意を膨らませないために、息吹戸は津賀留に少しだけ牙をむけた。
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