第170話 時間短縮をしよう
<あの子とちょっとしたひと悶着>
坂を駆け上がり、地界の商店街へ出た岡はすぐに三人を離しフードを取って人へ戻った。
あれだけ大きな恐竜が出ても壊れない路地。グニャンと空間が歪んで、岡が通れるスペースをあけたのは気の所為ではないだろう。
「ふぅ。私が出来る事はここまでだねぇ。すぐに戻って伊奈美ちゃんに説明しなきゃ死者の国が亡んじゃうねぇ。じゃあねカミナシ、ありがとう!
カタチを覚えたから、こっち来た時に優遇してやるねぇ!」
岡は勝木と東護を指し示した。
「おかあさま、色々有難うございました」
息吹戸がお辞儀をすると、岡はニヤリと笑った。
「じゃあ息吹戸。またいずれ」
意味深なセリフを言ってから、岡は坂道を下った。勝木と東護はお辞儀、息吹戸は手を振って見送る。気配なくなると勝木と東護は頭を上げた。
「ここ狭いから表出ましょう」
息吹戸の提案に頷き、彼女を先頭に勝木と東護がついていく。体格が大きい勝木は隙間に挟まりそうになり悪戦苦闘する。
息吹戸が表に出てから5分後、勝木が引っ掛かりながら出てきて、東護はするりと出てきた。
古い商店街の町並みと半透明な死者、着ている奇抜な服装を物珍しそうに眺める二人。キョロキョロと360度見回したところで、勝木は困ったようにカリカリと頭を掻いた。
「ここが地界か。さてどうやって戻ろう。おそらく洗脳中に通ったと思うが、さっぱり覚えてないぞ」
言いながら東護を見るが、覚えていない、と返事がきた。そうかー、と残念そうにため息を吐くと、息吹戸に視線をむけた。
「息吹戸は道を覚えているか?」
視線を左右に動かす。似たような並びで特徴がない。どっちから来たか忘れた。「えーと」と、息吹戸が口ごもったところで、
「それはなんだ?」
東護が息吹戸の左手を指差す。
(左手……)
息吹戸は何かを思い出しかけて、「おおおこれは!」と、勝木が希望に目を輝かせた。
「彼雁の魂留めか! これは助かった! さ。手首を動かしてみろ」
勝木の言葉で思い出し、息吹戸は「あ!」と声をあげて笑顔になった。
「そうだった。動かせば道が分かるって言ってた!」
手首をクイクイ動かす。すると巻かれている糸が虹色に光って帰り道を示した。糸の輝きに勝木の目尻が嬉しそうび下がる。
「これはいい。ワープできるぞ。東護。息吹戸に掴まれ」
東護は嫌そうに眉を潜めた。効果を知っているので息吹戸に体の一部を掴むべきだが、感情が拒否してしまう。
「手を握るだけでいいから捕まれ」
促す勝木は息吹戸の肩をしっかり掴む。
「…………何事?」
掴まれてちょっと不快だと目で訴えると、勝木は数秒無言のあと「そうだった」と慌てて声を上げ、一旦肩から手を離した。
「悪かったな息吹戸。説明すると、彼雁の魂留めは道標だけではなく空間短縮、いわゆるワープも可能なんだ。遠くなら無理だが、紐の色が虹色になっている時はワープが出来る。ここは霊園からおそらく半径三キロ以内の場所だろう」
息吹戸はパッと表情を明るくさせた。
「ワープだって!? 凄い! やってみたい!」
「だろう? 魂留めをされた者の体に触れている者も効果の範囲になる。虹色に光るときに戻れと念じながら思いっきり糸を引っ張ると、魂留めした位置に戻れるんだ」
「なるほどー!」
「あいつ戦闘はからっきしだが、こーいう探索系には欠かせない異能者だぞ」
勝木が腕を組んでドヤ顔になる。現場で後輩の長所を話すことは楽しみの一つである。
「わかりました! だったら手を添えるだけよりも、こう、腕組みの方がいいですね!」
息吹戸は勝木の腕を取り、左腕でしっかりホールドするように腕組みをした。
ぎゅっと体が近づくと、腕に伝わる胸の弾力を感じて勝木は仰け反る。卑猥な意識が一瞬でも過ぎった事がバレたら殺されると心拍が早くなった。必死に平静を装ったが、その表情は少し青ざめている。
「東護さんは少しの間だけ和解ってことで、はい握手」
息吹戸が手を差し出すと、東護は二歩ほど後退した。嫌そうに眉を潜めただけで手を握り返さない。
息吹戸は数秒待って「大人げない!」と怒鳴った。
「時と場所と状況考えて! 大人なんだから子供みたいな態度は駄目でーす!」
息吹戸はぷんすか怒りながら、東護の腕を無理矢理掴んだ。彼の顔色が変わる。怒りではなく狼狽だが、その変化は二人にはわからない。
「はな……っ!」
「しません!」
東護が振りほどく前に、戻れと念じてグンっと左腕を大きく振る。
体全体が強く引っ張られた感覚がおこる。
景色が伸びたような、若しくは縮んだような様子になり、平衡感覚がマヒして激しい眩暈がした。
足が引っ張られて浮いた。と思った瞬間に、グンっと体重が戻ってきて、振子に背中を押し出されたような衝撃がくる。
「わぁ!?」
声をあげながら、息吹戸は地面にスライディングした。
着いた。と思った途端の目眩だったので、二人から手を離し巻き込み防止を果たした。なので、息吹戸だけ転倒した。
ゴスベシャ! と砂埃が舞う。
手で受け身を取ったが、ほぼ大の字で地面に激突した。
「だ、大丈夫か? 手を貸したほうがいいか?」
豪快な転倒だったので、勝木が腰を曲げつつ見下ろし心配そうに声をかける。
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